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岩手山見て故郷へ思い ホームスパンに関心 盛岡を何度も取材し執筆 直木賞候補「雲を紡ぐ」 筆者の伊吹有喜さんに聞く 賢治作品も物語彩る ノミネートの重み実感

2020-06-30

小説「雲を紡ぐ」が直木賞候補に選ばれた伊吹有喜さん(文藝春秋提供)

 今年上半期の直木賞候補に、小説家の伊吹有喜さんが盛岡市や滝沢市などを舞台に描いた作品「雲を紡ぐ」(文藝春秋刊)が選ばれている。伊吹さんは三重県出身。中央大法学部を卒業後、出版社勤務を経て2008年に「風待ちの人」で第3回ポプラ社小説大賞特別賞を受賞して作家デビュー。直木賞候補となるのは「ミッドナイト・バス」「彼方の友へ」に続き3回目。選考会は7月15日に東京都内で開かれる。執筆に当たり何度も盛岡を訪れて取材した伊吹さんは29日、合同取材に応じた。同作に込めた思いを聞いた。

 「雲を紡ぐ」は、時を越える布・ホームスパンを巡る親子3代の心の糸の物語。いじめが原因で不登校となった東京の女子高校生・美緒が、母親と口論の末、家出して岩手に暮らすホームスパン職人の祖父の家に逃げ込む。ままならない親子の仲、美緒の両親が抱える問題、美緒が出会う盛岡の人々との新しい関わり。盛岡・滝沢の自然と文化を背景に、家族それぞれの思いと少女の成長がみずみずしく描かれる。

 伊吹さんは、戦前から戦後を舞台にした前々作「彼方の友へ」を執筆した際、戦前の文化人の男性の多くがホームスパンのジャケットを愛用していることを知った。「男性の服地でここまで人気のある布とは何か」と関心を持ち、盛岡を舞台にした作品を書くことに。

 盛岡の第一印象を「岩手山を見たときに故郷の山々の連なりを思い親しみを抱いた。緑の川べりの風景もすてきで、美しい場所だなと。清らかな水が湧くことも故郷との共通点で、より盛岡を身近に感じた」と語る。

 作中には名所や飲食店など実在の場所が多数登場する。取材を進める中で、中でもコーヒー文化が気に入り、「あれほど多くの居心地のいいすてきな喫茶店が街の中にあるのは珍しい。どれも個性があって、そうしたお店が地域に根付いて皆さんが通っているのは一種の文化だと感じた」と話す。

 ホームスパンをはじめ、岩手の伝統工芸品も物語の中で存在感を放つ。 「手仕事の良さは温もりがあり、機械ではできない細やかなところに手が届くこと。岩手県の手仕事は大変誠実に丁寧に作られていると感じた。美しい丁寧な手仕事を暮らしの中に一つ入れてずっと大切に慈しんでいくというのも、心のゆとりが生まれると感じている」と話す。

 伝統を受け継ぐ若い作り手の力も大切に考え、その思いも物語に織り込んでいる。

 「雲を紡ぐ」作中には詩人で童話作家の宮沢賢治の作品や、イギリスの絵本などの文学作品が登場して物語を彩る。

 伊吹さん自身、子どもの頃から大の本好き。好きな本は、「たくさんあって一つに決めづらい」という。

 宮沢賢治を「時を超える作家で、作品」と捉え、イギリス文学については「作中に登場する作品は全部好き。イギリスの絵本はほのぼのしているけれど毒があって、なおかつ色づかいはすてき」と魅力を語る。

 直木賞については「憧れで、夢の舞台。読者としても直木賞と芥川賞の時期になると何が選ばれるのかしらと見てきた」と笑みをこぼす。

 「自分が書き手となって候補となったというのは感無量。いろんな方が喜んでくれて、特に今回コロナで3~5月に暗い話題が多かった中で明るい話だと言ってくれる人が多くいて、この賞にノミネートされる重みと歴史の深さをとても強く感じた」と実感を込める。

 「雲を紡ぐ」の執筆を通しての取り組みは、今後の創作にも生きると捉えている。

 「その場にいるような臨場感、息づかいを感じてもらえるよう、街の描写を従来よりくっきり描くようにした。今回学んだこと、培ったことをもとに、また新しい作品が書けるのではないかと思う」と展望した。



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