2022年
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盛岡に縁深い祖先しのぶ 山屋他人の親族が墓参 「次世代にもつながりを」

2022-06-28

教浄寺の山屋家一族の墓で手を合わせる芝康平さんと節子さん(後列中央)、中村裕子さん(同右)

 盛岡市出身の海軍大将、山屋他人(1866~1940)の孫の芝康平さん(92)=東京都=ら親族が27日、盛岡市北山の教浄寺(松尾正弘住職)を訪れ、一族の墓参りをした。山屋他人は、皇后雅子さまの母方の曾祖父としても知られる。芝さんらは、山屋が揮毫(きごう)した盛岡八幡宮境内の「盛岡鎮守」の社標も見学し、盛岡に縁の深い祖先をしのんだ。

 盛岡を訪れたのは、芝さんと妻の節子さん(89)、二女の中村裕子さん(61)=神奈川県藤沢市=、中村さんのめいの芝美亜楽(みあら)さん(25)=米ハワイ州=の4人。

 芝さん夫妻が一族の墓参りをするのは2016年の山屋他人の77回忌以来。芝さんらは本堂で法要の後、一族の墓前に花を手向け、静かに手を合わせた。

 境内には、山屋他人・貞子夫妻を祖父母とする親族(孫)の会「枝栄会」が03年に建立した「海軍大将 山屋他人之碑」もある。

 初めて盛岡に来たという中村さん、美亜楽さんも、先祖と盛岡の縁を感じ取っていた。


盛岡八幡宮にある山屋他人揮毫の「盛岡鎮守」を見上げる芝美亜楽さん

 盛岡八幡宮では、大鳥居の近くにある山屋他人揮毫の「盛岡鎮守」の碑に見入った。

 米国で映像アシスタントや編集の仕事に関わる美亜楽さんは「自身のルーツを知りたい」と、盛岡行きに同行。ゆかりの場所や碑などを写真に記録した。

 美亜楽さんは「ここに来ることができて、盛岡との深いつながりを感じた。(山屋他人ら)祖先のスピリットが私たち子孫を守ってくれている」と受け止めていた。

 芝さんは「私たち親族が山屋他人の存在を意識するようになったのはおそらく戦後で、盛岡での顕彰活動などを通じて盛岡とのつながりが深まった。枝栄会(孫の会)の親族も高齢になる中、次の世代の人たちが少しでもつながりを持ってくれるといい」と願っていた。

 山屋他人は、日清、日露、第一次世界大戦に従軍し、1919(大正8)年に海軍大将。海軍大学校教官時代に編み出した円戦法で知られる。



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