2004年 4月 27日 (火)        

■ 旧覆練兵場は国文化財級の価値 赤煉瓦ネットの事務局が横浜から視察に

 全国を結ぶ赤煉瓦ネットワークの事務局がある横浜市から24、25日、会員2人が盛岡市を訪れ、同市青山2丁目地内の赤れんが建造物・旧騎兵第3旅団覆練兵場を視察した。盛岡市民や盛岡市職員らとも懇談し、国所有の同練兵場1棟の現状を把握する一方、2人は全国の赤煉瓦建造物の保存、活用例に明るく、全国の事例、横浜の赤レンガ倉庫の保存活用の経過など貴重な情報をもたらした。2人は地域の希少な歴史的財産として「壊すのは論外」という。保存活用を期待している。

盛岡市職員とともに旧覆練兵場を見る赤煉瓦ネットワークの2人
【写真】盛岡市職員とともに旧覆練兵場を見る赤煉瓦ネットワークの2人

 来県したのは事務局長の立花恒平さんと運営委員の仲原生さん。盛岡市の覆練兵場の存在はこれまで知らなかったが、保存・解体問題の情報を知り、調査に来た。

 2人は国が財産処分のため解体を計画した1棟と、民間に払い下げられた2棟の外観を見学。立花さんは「覆練兵場は3棟残っているが、その中で問題の施設が一番創建時の姿を伝えている。平屋の大空間で無柱の構造は珍しい」と話し、地域の保存活動が成就することを期待する。

 仲原さんは「このような大空間を持つ赤れんが建造物はなかなかない。残して空間を生かした使い方を考えて市民に使ってもらいたい」と話す。横浜で手がけた経験から「地区の人々だけでなく市民に広く認知してもらうため(官民で)イベントなどの仕掛けをしていってはどうか」とアドバイスする。

 市民、市の担当課職員らとの懇談では、愛知県半田市の旧カブトビール工場、日南市の油津赤れんが倉庫を購入しての保存例を紹介。横浜の赤レンガ倉庫の保存、活用の経緯も詳しく説明した。

 横浜では20年ほど前から、新港埠(ふ)頭にある倉庫を、横浜市は国財産にもかかわらず、ことあるごとに残すと宣言してきた。2棟の立地土地を私有地との土地交換で取得し、その際、国が拠出するはずの解体費を割り引いて算定したという。1992年に土地交換が成立したが、その時点では明確な活用策は出ていなかった。99年に建物を保存するための補修工事などが完了した時点でも明確な用途は決まっていなかった。

 にもかかわらず、100億円近い投資が市民に認められたのは、青年会議所など官民のさまざまな仕掛けにより建物が市民に認知され親しまれていったことが大きかったようだ。

 立花さんは「そこに100年もある建物は個人でも国でも所有者が勝手に処分できるようなものではなく地域のものになってしまっている。明治、大正の時代はまだ語り部が残っている『手の届く歴史』。室町や江戸というばかりではなく、専門知識がなくても市民が調べられる時代のものを残していくことが大事」と話している。

 同様の建物で同ネットワークが確認しているのは旭川市に残る旧陸軍第7師団覆馬場。かつて10棟程度あったが、現存するのは1棟だけ。同ネットワークが2000年3月に発表した「日本赤煉瓦建築番付」では東の前頭に挙がっている。

 旭川の施設は明治末期に建築されたとみられている。盛岡の覆練兵場は1909年(明治42年)築。両者は陸軍がほぼ同時期に騎兵連隊のために建て酷似している。旭川の現存施設は2001年、国登録文化財となり、盛岡の施設も同等の価値を有するとみられる。


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