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溢れくる涙をもてしにじませし文は再
び書かぬものかも
〔現代語訳〕溢(あふ)れて来る涙をもって、またその涙でにじませた手紙は二度と再び書くものではありませんねぇ。
〔評釈〕「小判ノート」明治四十一年十月二十三日夕の五十六首中の十三首目で、題名は「溢」。「溢れ」は「アブシ(溢)の自動詞形。一定の入れ物や枠に入りきれないではみ出し、はみ出たものは使いものにならなくなる。」〔『岩波古語辞典』〕が原義。なお、漢字の「溢」は「水+もともと「あふれる」の意がある「益」に水を加えてさらにその意味を明確にした文字。「文」は、書かれたもの等から「手紙」の意ともなった。「溢れくる涙」から想定されるものには、いろいろな場合が考えられるのだが、前後の作品からすれば、男女の仲だとするのが妥当であろう。第二句から第三句にかけての「涙をもてし」「にじませし」の重ね方は、手慣れたもので、量産にも対応できる作者の力量を見せている。
(岩手大学教授)
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