2004年 6月 3日 (木)       

■  〈美術〉啄木・賢治へのオマージュ 広告写真家が制作〈写真〉

 

奥山淳志さんの「母への旅−ある朝のさきへ」
【写真】奥山淳志さんの「母への旅−ある朝のさきへ」

県広告写真家協会の20周年記念写真展「砂と銀河−啄木・賢治へのオマージュ」が7日まで、盛岡市中ノ橋通1丁目のギャラリーおでってで開かれている。啄木と賢治をテーマにした作品18点が展示されている。

 奥山淳志さんは賢治の「春と修羅第1集オホーツク挽歌」から引用した「母への旅−ある朝のさきへ」を出展。母親の手術の朝に撮影した写真を使用。駅から病院へ向かう道、路上で出合ったイヌの死がい、病室へ続く廊下。画面の半分以上は、ベッド上の母親の満面の笑顔が占めている。

 木片で書いた「HELL(地獄)」を「LOVE(愛)」に直し、一つの十字架を作ったという詩を引用。その2つが等価であるということに共感。「賢治は物語の中で、登場人物をよく生と死で引き裂くけれど、引き裂かれたものもまた等価なんだと思わせる」と話していた。

 大谷広樹さんは啄木をテーマにした「遠い声、確かな想い」を出展。女性の姿と「サモトラケのニケ」像を撮影した写真を配置し「一握の砂」から「さばかりの事に死ぬるや」「さばかりの事に生くるや」を引用。女性の写真では内に秘めた思い、羽根の生えた彫刻では飛び立っていく感じを表現した。

 「生と死を見つめたい」という大谷さん。テーマに向き合ったとき、啄木と自分の中にあるものの共通点を探ったという。「破滅的」と称されることが多い啄木だが、自分の中では「世の中に迎合しない精神が人間らしい。自分の中にたまっているものを惜しげもなく出している」と感じる。

 今の時代は明るい笑顔の表の部分だけがクローズアップされていると感じる。「笑顔の裏にある泣き顔、反対側も見た上で全体をとらえたい。きれいな部分だけでプラス思考にいくのではなく、すべてを見た上でプラスに転じていきたい」と思っている。

 同会は1985年(昭和60年)にプロの写真家18人で設立。東北各県のプロ写真家協会との親ぼく、情報交換などの活動を行っている。


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