2004年 6月 5日 (土)       

■ 市街地中心部に残る環境 ミズバショウを守れ

 盛岡市を流れる中津川の富士見橋上流右岸に生息するミズバショウを守ろうと3日、市立下小路中学校科学部と中津川の水芭蕉を守る会(安原昌佑会長、11人)が周囲の草刈りや柵作りに当たった。ミズバショウは1965年、雑草、雑木が繁茂していた環境を改善しようと市民有志が取り組んだ足跡を今に唯一伝える証人。参加中学生はミズバショウの育つ環境を保全する意識とともに奉仕の心を受け継ぐ。

ミズバショウのまわりの雑草を刈り取る下小路中の科学部員
【写真】ミズバショウのまわりの雑草を刈り取る下小路中の科学部員

 河川敷のミズバショウは同年、一戸町生息の株を移植したもの。当時、一帯は雑草、雑木が密生繁茂して昼でも薄暗く、風紀上の問題も懸念された。同市上ノ橋町の金田一達男さん(81)が市や県に掛け合った末、自分たちで許される範囲で環境改善しようと理事長だった県ユースホステル協会の仲間らに呼び掛け取り組んだ。

 やぶの伐採、土ならしに伐採木の搬出など3回の作業によって視野の広がる河川敷となった。すぐさま思い浮かんだのは景観を一層よくするための植栽。松尾村から調達したシラカンバ、一戸町から届けられたヤマツツジとミズバショウが、植え付けられ景観は大きく変わった。

 ところが「1、2年のうちにヤマツツジは盗掘され、シラカバはきれいな樹皮がはぎ取られ枯れてしまった」(金田一さん)。ミズバショウはかろうじて全滅を免れたが、次第に雑草の茂る河川敷となるとともに、雑草と一緒に残った株も刈り取られるなどして減少し、知る人も少なくなった。

 金田一さんは時折、ミズバショウの生息を確認していたが、盗掘を心配して人に語ることはなかったという。一方で、安原会長(同市加賀野)は犬の散歩で毎日のようにそばを通り、ミズバショウを眺めてきた。減少に危機感を募らせ、同じ思いの人たちと昨年、同会を結成。すると今年になって会の存在を知った金田一さんが安原さんを訪ねてきて、ミズバショウが生息するようになった経緯を初めて知ったという。

 安原さんは「ミズバショウを守り育てていくことだけでなく、植えた人たちの思いを引き継いでいってほしい。環境教育は大人ではなく子供たちが重要で、身近な環境に関心を持ってもらいたい」と同校に初めて協力を求めた。中学と二人三脚で環境を守り育てていきたい考えだ。

 同日は安原会長と金田一さん、科学部員25人らが作業に参加。約1時間、葉の大きくなったミズバショウの位置を確認して周囲の雑草を刈り取り。遊歩道側との間に杭を打ってロープを張った。安原会長によると、昨年は13株あったが、今年は8株に減少しているという。

 科学部の大西里枝部長は「ミズバショウがあるのは知らなかった。尾瀬のようなところに育つと思っていたので意外だった」と話す。ここのミズバショウは見たことがなかった。来年の春に咲いたところを見たいと「これから活動を続けていければ」と話す。

 金田一さんは作業する中学生を見て「子供のうちに社会参加するのはいいこと。市の中心部にこのような自然豊かな、見て気持ちの良い環境があることは市民にとって幸せなこと」と環境改善を望み中学生に期待した。


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