2004年 7月 10日 (土)       

■  〈玉山村〉お召し上がり弁当も食べて満足 明治天皇巡幸ツアー

明治天皇巡幸の道をたどり、それぞれ感想を発表した参加者
【写真】明治天皇巡幸の道をたどり、それぞれ感想を発表した参加者
 明治天皇東北ご巡幸の道−渋民・御堂観音(玉山村中央公民館の主催)は8日、行われた。一行は明治天皇の行幸し、御小休所碑のある岩手町の御堂観音、御料馬「瀧澤(滝沢)号」の碑、啄木が徴兵検査を受けた会場跡のある沼福寺をめぐった。

 宝徳寺さわらの会メンバーや村内外から約30人が参加した。毎回参加している人や東京から初参加した女性もいた。同会の佐々木祐子さんが現地で解説した。

 沼福寺には1887年(明治20年)に「御馬瀧澤碑」が建立された。滝沢号は、明治天皇が2度目の東北巡幸をした1881年(明治14年)に今の同町沼宮内で発病、死亡。沼福寺に埋葬された。

 「渋民日記」(筑摩書房版)によると、1906年(明治39年)4月21日の条で、当時20歳の啄木が沼福寺で徴兵検査を受けた記述がある。

 「筋骨薄弱で丙種合格、徴収免除、予期したることながら、これで漸やく安心した」「自分を初め、徴集免除になったものが元気よく、合格者は却(かえ)って頗(すこぶ)る銷(しょう)沈して居た」などと書いてある。

 このツアーは00年に宝徳寺本堂新築に伴い行われた襖(ふすま)の下張り調査で発見された文書の中に、1876年(明治9年)に明治天皇の1回目の東北巡幸に関する資料が出たのがきっかけ。01年に第1回がスタートした。毎回訪問場所を変え、今年で4回目。

 参加者は当時のレシピを再現した「明治天皇ご一行お召し上がり弁当」を食べたあと、感想を発表。「明治天皇の東北への思いを改めて実感できた」「当時の住民たちは巡幸をどう受け止めたのか」と思いをはせ、「次回もまた参加したい」と口をそろえた。

 東京大学大学院人文社会系研究科の川越美穂さん(日本史学専門分野博士課程)は明治天皇が全国各地で行った巡幸を研究している。今回ツアーに初参加した。「明治天皇が東北を2度訪れたのは産業の遅れや戊辰戦争で朝敵となり、なじみが浅かったことなどが要因」と説明する。

 「こちらのように巡幸を違和感なくテーマにしているのは非常に珍しい。宿泊、食事、休憩した場所それぞれに石碑があり、バリエーションの豊富さに思い入れの強さを感じた。天皇と国民とを近くとらえているのが印象的。弁当もレシピは知っていたが、再現されているとはびっくり」と感激していた。


本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします