2004年 8月 10日 (火)        

■ 〈四季逍遥〉87 下斗米八郎 「オオマツヨイグサ」

 夏は、早朝がいい。とりわけ盛夏は、薄闇がまだどこかに残っているような暁方の空気が何ともいわれない。

 静かにガラス戸を開けて外に出ると、なま暖かい中にも、時折夜露を含んだ風が吹いてくる。

 庭の片隅に、黄色の柔らかな花びらをひらひらさせて月見草が咲いている。正確にはオオマツヨイグサと呼ぶべきだが、子供のときから月見草と呼び親しんできた花である。

 夕暮れどきに、苞(ほう)が裂け、目の前ではらりと蕾(つぼみ)がほぐれるさまが面白くて、目を凝らして見詰めていたものである。この月見草は、郷里の川原で採取した種子をまいて育てたもので、大人の背丈を超す勢いで毎年たくさんの花を付けている。

 幼児期、家族でホタル狩りや、置き鉤(ばり)を上げに行くと、星月夜の川原にホタルが飛び交い、ほのかに月見草の花明かりが広がっていたのを思い出す。

 月見草と同じように、キカラスウリは夕方花を開いて翌日の午前中にはしぼむ。白いレースのような涼しげな花である。

 暁方に咲く花に、アサガオやオニユリなどがある。アサガオは、文字どおり朝の顔で朝日が昇る前に、風に揺れ蕾のよじれをほぐしながらラッパ状に開く。オニユリは、だいだい色の蕾を番傘を半開きにしたように開き、茶色の点々の入った花びらを反り上げ、カタカゴの花のように先端を重ね、かごを編む。

 濡れ縁に腰掛けて庭の花々を見ていると、隣の垣根を越えてアゲハチョウがひらりとやってきた。

 キカラスウリやオニユリにはおいしい蜜(みつ)でもあるのか。オオアゲハやキアゲハ、時には大きなクロアゲハもやってくる。

 ほかに、ムクゲやフヨウ、タチアオイ、ノウゼンカズラ、サルスベリなどが咲いている。

 ムクゲは灌木(かんぼく)だが、平安時代にはアサガオと混同され和歌などに詠われている。アオイに似た落ち着いた花で、朝開き夕にしぼんでしまう一日花である。

 フヨウの花は、ムクゲやタチアオイに似ているが、花は一回り大きく艶麗(えんれい)な風情は群を抜いて美しい。わけても、八重咲きのスイフヨウは、朝開いたときは白く、昼過ぎにはピンクに、夕方は紅色に変わり、あたかも酔うがごとく艶(あで)やかである。

 ノウゼンカズラは、つる性落葉木で茎から気根を出し近くのものにからみ高々と咲いている。びっしりと花のついたつるを垂らしているさまは、旺盛な生命力を感じさせる。

 早朝からいろいろな花が咲き、昆虫が飛び、生の営みが始まっている。

 今日もまた暑くなりそうだが、こちらも自然界の力をいただいて、元気に今日一日を始めようと思う。


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