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本年も北海道日ロ協会主催の第30回「サハリン平和の船」が、96人の参加者を得て開催され、8月1日から5日までサハリンを訪れた。「教育」「友好」「女性」「経済」などさまざまなテーマの交流団が編成されたが、岩手からは日ロ協会岩手県センターの事業「宮沢賢治・サハリン紀行団」として参加した。
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【写真】船内で「オホーツク挽歌」の学習会が行われた
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1923(大正12)年の夏に同地を訪れ「オホーツク挽歌群」といわれる一連の詩を残した郷土の詩人宮沢賢治の足跡をたどる旅である。
団の講師を務めた吉見正信先生によって「宮沢賢治『オホーツク挽歌行』へのたどり」と命名されたわたしたちの団は「賢治作品をイーハトーブ岩手の住民として、ひとりひとりの感慨をもって、現地の風景に溶け込んで体験しよう」という目標を掲げて出発した。
好天にも恵まれ、予定通りの旅程をこなし、各自手ごたえのある成果を胸に旅を終えることができた。
■5時間半のサハリン航路
サハリンへの定期航路は、冷戦解消とペレストロイカの中で1991年に復活した。96年からは東日本海フェリーの新鋭船「アインス宗谷」(2700トン)が就航し、稚内―コルサコフ(旧大泊)間を5時間半で結んでいる。
8月1日賢治紀行団として乗船したのは、岩手から9人、北海道から11人、添乗員を含めて21人。日ロ協会岩手・北海道の公募に応じた「賢治ファン」の市民たちである。
気温25度と例年以上の暑さの稚内港をあとに、明るい青の空を映す宗谷海峡に船出をした。
■81年前の賢治の旅
81年前の8月2日夜、賢治は、開通したばかりの稚泊連絡船対馬丸に乗って、当時の日本の最北端の「樺太(サガレン)」を目指した。わたしたちも遠ざかる稚内や宗谷岬を見ながら甲板の風に吹かれる。サハリンの南端のクリリオン岬が見えてきたころ、船室の一画で「賢治学習会」を開催した。団員2人によって挽歌群の主作品である「永訣の朝」と「オホーツク挽歌」が、朗読された。
吉見講師は「亡妹トシとの交信を求めたこの旅は東洋の思想で尊いとされた極北を目指すものでした。この挽歌群は中国唐詩などの挽歌三連詩の形式にものっとったものです。賢治の詩を愛唱しながら、『ランドスケープ イマージョン』として各自の賢治体験を深めよう」と解説した。(つづく)
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