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神戸市在住の清原健彦さんの個展は4日まで、盛岡市菜園2丁目のギャラリーラヴィで開かれている。288枚の均一な大きさの画面をパーツに用いた絵画「善にむかうための架橋演習」が4画面に分割され掲示されている。25×40センチの発泡スチロール板にメタルミー(銀色のテープ)を張り付けた画面に油彩で描かれたもので、そろうと基になった写真の画面になる。それを大小4画面に割り、壁に並べている。
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【写真】盛岡で初個展を開いている清原健彦さん
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作品は軍服を着た胸上の清原さん。自画像ではあるが、撮影した写真を見ながら描いた作品の印象は写実的というよりも写真的と形容した方が、よりしっくりくる。
媒介した写真は実像を平面処理し、スケッチやデッサンとは異なる像が誕生する。新たに生まれた像を模写する行為となることで、画家が実像を写し取るときに投影される感情や内面が排除される。
それは技法にも理由がある。油彩とテンペラで赤青黄の3原色と黒の絵の具だけをストイックに使うことはプリンターの色表現と同じ。現実の忠実な絵の具の配合に対し、清原さんは黄からスタートし、赤、青、最後に黒という色の重ねによって作り上げていく。
今展は人物像だが、写真的絵画表現は1998年ごろ風景から始まった。団地で幼少時代を送った清原さん。20〜30年だったあるとき東京の見知らぬ団地に足を踏み入れ大きな衝撃を受けた。「身体感覚として忘れていたものが活性化してきた。この感覚を表現したい」と思った。
しかし、その衝撃や感覚の表現を志向しなかった。「団地そのものを見て描くと自分そのものが出てしまう」。写真を媒介とすることで自身の感情は「無媒介のままを提示しよう」と考えた。
描く風景は景勝地ではない。機械的で殺風景な団地をはじめ、道路や電話ボックス、ガソリンスタンドなど、誰もがどこでも身の回りで目にするありきたりの風景だ。写真的に処理された像が作者の恣意(しい)表現を押し殺し、逆に見る者に自身が団地を見たときの衝撃に似たものを感じてもらいたいと考える。「他者が介入してこられる抜け目」を持たせている。
人物画もベースは同じで、自分を対象にして汎用的な表現を目指す。「わたしが自分を描いた絵を見た人から自身と向き合う行為が浮かび上がってもらえたら」と望む。
盛岡の作家小野英治さんと意気投合し、盛岡での初個展になった。「遠いところでやるというので思い切ったことをしたかった。パフォーマーらが自分の身体をさらけ出して演じるようにやってみたいという衝動があった」という。
今作品の制服は軍隊を意味するものではなく、誇大な妄想を持った独裁者を意味する。「自分にもその根っこがある。今はバランスを保っているが、他人事ではない。善という彼岸へ行くためのステップとしての架け橋演習」という。
「逸脱に向き合うことで自由になれる」と実感する。それを描ける時点で善へのステップが始まっている。実践を提示し「自分と向き合うことを皆さんに伝えたい。それを美として出していきたい」と話す。
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