2004年 10月 1日 (金)        

■  山屋他人のマナーとは くずし書きの手紙を読む

「くずし書きのてがみを読む」の講義を行う八木橋伸夫さん
【写真】「くずし書きのてがみを読む」の講義を行う八木橋伸夫さん

 盛岡てがみ館後期講座「くずし書きのてがみを読む・中級編」が9月29日、盛岡市中ノ橋通1丁目のプラザおでってで開かれた。6月に開かれた前期講座「初級編」に続き、13日までの全3回を予定している。

 初回は古文書研究家の八木橋伸夫さんが講師を務め、候(そうろう)文で書かれた2点の手紙を解読。約20人が参加した。

 山屋他人が新渡戸稲造の養父の太田時敏にあてた手紙は、41代南部利恭(としゆき)の娘の恭子が旧都城藩の島津家との縁談が決まり喜んでいる内容。恭子を「伯爵閣下の妹」としているが、この時点での「伯爵」は誰かを検証。

 利恭は1903(明治36)年に49歳で他界しているが、その年に恭子は18歳。系図を見ると、恭子の兄は42代利祥(としなが)と43代利淳(としあつ)の2人だけ。非常に若い時期に行われる当時の縁組み。20歳過ぎということはないと思われる。利祥は日露戦争で05年に戦死したが、この人のことを指しているのではないかと話した。

 山屋他人が書いたものでは、手紙のマナーについて解説。行の頭にひらがなを配するのは相手に対して失礼という。「拝聴いたし」の部分では「拝聴」で用紙ぎりぎりになっているが「いたし」をその横に付けるように下に書いている。自分を表す「老生」という言葉も行の頭にくるが、用紙の下の方に配置し、へりくだっていることを表現したと説明した。


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