2004年 10月 1日 (金)        

■  〈古文書を旅する〉30 工藤利悦 「高信公岩手郡切り取りのこと」

  ■高信公岩手郡切取事

 一、高信公壮年のころ、安信公の遺言に任せ軍将となり、文武の成敗を取り行う。何事も心のままなりければ、なにとぞ近隣へ手入れし遣領を切り広げ、先祖の名を上げ誉れを子孫に残さんと。

 まず岩手郡はわれわれ持ちの地侍にて時の大将なかりければ、まず岩手郡を切り取り、その後段々に手入れせんと思し召されけれども、そのころ岩手郡に指て手引の者なければ、高信きっと思慮を回して二戸郡白鳥の城代九戸左金吾を媒(なかだち)として、岩手の一方井禅門が娘を所望しければ、一方井、九戸が使者に厚く礼法をかいつくらい、さてさて身に余り誠に忝じけなき御事に候らえども、ご存知の通りわれわれごとき小身者の子供にて候らえば、萬事不取廻しの者にて、中々高信へ進んぜ候てもお目にとまり申すべきにもあらず、御免たまうべく、この段しかるべくよう高信へお申したまわれと九戸が方へ言い送りけり。

 高信かねて思慮ありければ、再びこのことを言い越されけり。一方井、再三の帰属はかえって無礼なるとて、しかれば進んぜべく由返事。それより段々岩手郡手に入ること思慮なされるという。 (この項つづく、「祐清私記乾」)

 【解説】この項では、前回の「岩手の諸士三戸伺公の事」と大同小異のことが語られているが、視点を変えて二つのことを記している。今回はそのうちの前段部分を扱う。

 高信は岩手郡に版図拡張を図ろうとしたが、手引きしてくれる人物がいなかった。そのため、九戸政実に仲介の労を依頼し、一方井氏へ接近することができたとする説話である。

 福士宮内秀純の妻は九戸政実の族臣姉帯大学兼興の姉である(『参考諸家系図』)。政実の実弟弥五郎直実は志和郡の郡主斯波氏の女婿『同上』である。つまり、九戸政実は、ひとり一方井氏にとどまらず、岩手・志和の諸士間に親密な関係を持っていた。

 九戸政実は室町幕府の大名であったことは既述の通りであるが、その視点に立てば、九戸氏は高信の版図拡張の策略に協力したと読めるし、従来の説のように政実が三戸の家臣説に軸足をおいて見るならば、二通りの見方が出来よう。

 岩手郡内の諸士との交流が南部家の許可を得て行われていたものならば『祐清私記』に見える一連の説話は矛盾に満ちて筋が通らない。南部家の許可なく他国の人士と内々に交流をしていたとするならば謀叛(むほん)である。高信はその事実を知っていたからこそ政実に一方井氏との仲介を依頼したと読めるこの話も、実は筋が通らない話と言わざるを得ない。

 ■一方井氏について

 信直にとって母方の実家一方井氏の詳細を伝える記録はあまり知らない。『奥南落穂集』は「一方井刑部入道弾門、安倍貞任の後、安東太郎盛季孫、羽州秋田より来り、代々一方井村に住し田子高信君に仕う、女は信直公の母なり。禅門の子孫次郎安元は信直公に仕う、七百石。安元の子刑部少輔安信、利直企に仕う」とある。

 『参考諸家系図』二十五一方井系図は、禅門を孫次郎安信に作り、刑部少輔安信を刑部安武あるいは安次とす。

 『篤焉家訓』(二十三之巻「一方井氏の説」)は、「元祖は阿部貞任の末の子にて松前へ落ち下り下国殿と云う、その末流にて津軽を攻め取り、手に入れて居住せられしが、次第に武威衰え岩手郡一方井村に来り、幽なる居住なり云々」と、一方井館によるまでの経緯に触れている。

 天正二十年(一五九二年)の「南部大膳大夫分国諸城破却共書上之事」には「一方井、山城破脚、安藤孫次郎持分、一方井家の先祖、本名安東」(『篤焉家訓』)と見える。

 ■米内光政と一方井氏の関係

 『奥南落穂集』には、米内氏の祖は一方井禅門の弟米内左近宗政とあり、『参考諸家系図』二十五米内系図は、一方井孫次郎安信の二男民部正吉が岩手郡米内村を領して米内館に居し、米内右近を称したのに始まるという。

 実は、総理大臣・海軍大将米内光政の家について質問を受けることがある。『参考諸家系図』五十二米内系図によれば、初代は摂津大坂の人。宮崎庄兵衛勝良と称し、利直の代に江戸で召し抱えられ、船手役をつとめ、閉伊御水主を支配したという。

 二代目は閉伊郡刈屋村(新里村)の人刈屋孫市の子庄兵衛某。養子となり養父の跡役御船奉行を勤めた。三代目は善右衛門。幼少で父に死に別れ浪人となる。のち父庄兵衛は刈屋の出生であることから、田鎖氏の一族としてさらに召し出される。

 その二男傳左衛門秀政は浪人であったが、祖母の実家の縁により、米内氏に改め米内傳十郎と称したとある。「祖母は米内出雲の娘にて、母は祖母の姪なり」ともあり、米内出雲家の系図に照らして該当がなく、詳細は不明である。

 なお、戦前戦後、講談社の絵本などに武将の挿絵を描いた米内穂豊(本名貞雄)は、米内孫四郎家に連なる人である。


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