2004年 10月 4日 (月)        

■  〈五線譜の向こうに〉49 林芳輝 「黒木香保里は岩手の財産」

 日本のワグナー歌手として2001年、新国立劇場に登場した本県出身のアルト歌手の新鋭・黒木香保里が、盛岡で本格的にアルトリサイタルを開いた(9月28日午後7時、岩手県民会館)。

 天性の美声で芸大院在学中から活躍し、今回のリサイタルは、古風な言い回しをすれば「故郷に錦」を飾った。これまで県内では久慈市で「第九」、出身地の宮古でリサイタル、その他小音楽会に客演をしているが、今回が本格的な岩手県デビューとなった。

 アルトについての思い出は、筆者の高校生時代は黒人のマリアン・アンダーソン、ほぼ同年代では川崎静子・伊原直子。黒木香保里はその伊原の教え子。

 歌の世界はソプラノ声域が多い業界で、オペラ作品もソプラノが主役。これから黒木香保里の声を聞いた作曲家は、アルトが主役のオペラを書くだろう。黒木香保里にはソプラノと違う派手さがあり、アルト特有の重たさが無く、軽やかさと強靭(きょうじん)さと適度な重さが微妙なバランスで保っている美声。とにかく文章で黒木の声の美しさを第三者に伝えるのは困難。

 巷間(こうかん)のうわさだが、準・メルクル(指揮者)が日本公演の曲目の中に、日本側のスタッフが伊原を推薦したが、メルクルは「黒木香保里に変更しなければ日本行きは中止する!」とかたくなな態度だったとか?

 うわさは誇張もあるが、そういううわさが出るだけで黒木は師匠を超えた。そういううわさが立つほどの黒木香保里は才人。岩手県は黒木香保里を「岩手宣伝大使」にすべきだと筆者は考えている。

 声楽専門外の筆者が当夜の批評ができるはずもないが、あえて苦言を呈するなら…感情を込めて歌う時、下を向く傾向があるが、どういう姿勢で歌っても声が会場の隅まで届くような工夫を…。

 プログラム1部はウィーン留学時代の成果で埋め尽くした。

 シューベルト《楽に寄す/笑いと涙/ガニュメート/魔王》=シューベルト定番の曲だが、CDで聴くのとは違う新鮮さを味わう。

 ブラームス《私の恋は緑/あの娘のもとに/墓場で/四つの厳粛な歌/=晩年の4つ〜の曲は哲学的で難解。作曲者が管弦楽化を予想していたような曲。この曲が作曲されていた同時期に、シェーンベルクが全く異質の音楽を書いていたことに感慨無量。

 プログラム2部。初めは日本の古典《城ヶ島の雨/ちんちん千鳥/落葉松/木菟》=近衛秀麿の教養に相応しくない作品《ちんちん〜》が、洒落て聞こえて感激(テンポ、少し遅く)。

 2部後半はワグナーのオペラから

 「ラインの黄金」から《さけよ、ヴォータン》2001年、国立劇場に登場した時のエルダ役。

 アンコールはオペラ「カルメン」から《ハバネラ》と《セギディーリャ》=この曲はアルト歌手の「才と粋」を見せる曲。十分に「知性の輝き」を見せたカルメン役。

 黒木さんのご主人は「日本の貴重な文化財を抱えている」ようなもの。大切に保存してください。

 伴奏者は芸大同窓の大井美佳。この人のスクリアビンの作品が聞きたいと想像をかき立てる演奏家。「音楽に年齢の差は無い」ことを感じさせる人。

 よい演奏家に会い「作曲をする感興」がわく。久しぶりに心がわき立った。既に「ソプラノの為の狂詩曲」を書いたので、これを機にブラームスにちなんで「アルトの為の狂詩曲」を書こう!


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