2004年 10月 10日 (日)        

■  〈岩手地開研〉わが町の循環型社会 藤原紫波町長が講演

循環型のまちづくりについて話す藤原孝紫波町長
【写真】循環型のまちづくりについて話す藤原孝紫波町長

 岩手地域開発研究会(会長・奥寺一雄本社会長)の9月例会が5日、盛岡市盛岡駅前西通のマリオス18階会議室で開かれ、藤原孝紫波町長が「我が町の循環型社会」と題して、持論の循環型のまちづくりの狙い、企業感覚での行政運営について話した。約40人が参加した。

 ■行政経営の理念

 わたしの経歴を紹介します。農家の長男で農業を継いだのですが農業だけでは物足りない。そこで手を染めたのが運送業、昭和46年に会社を設立しました。地域に押され47年に町議会議員に当選させられ18年半議員をやり、町長の行動を見ていて一番やりたくないと思っていたのですが祭り上げられて町長職に就いて6年8カ月になります。

 町長を引き受けたからには何かしなければならない。いろいろ見て行き、福祉と環境のまち紫波をつくることを政治目標にしました。町民の目線で物事を見て企業感覚を行政に取り入れていく。

 行政は何で成り立っているか、皆さんの税金が大きいわけです。町民の皆さんから税金をいただき、いかに返していくかが最大のポイント。職員にも行政は最大のサービス産業と話している。

 会社経営に生かしてきたこと、経営者たるもの社員の範とならなければならない。どの会社にも会議があるが、午前8時半に就業するなら午前8時に会議、役場でも午前8時に課長会議を開いている。9時、10時に開けば半日はつぶれることになる。二つ目は一番あって二番がない、やるときは早くやる人の先をやって人が後から人が付いてきたときにはそれをやめる。三つ目は前例にこだわるな。過去にこだわっていては改革はありえない。この三つを常に話している。

 ■循環型のまちづくり

 循環型のまちづくりはイコール昔、昭和30年代、40年代あたりまではそういう時代だったと思う。脱線した話をしますと、もし車がなかったらどうなるか。川の堤防はまず造らない、森も伐採されたとしても地域で使うだけしか切らなかった。それで環境のバランスがとれていた。

 日本はアメリカに追いつけ追い越せと経済大国になり、その結果、大量生産、大量消費の社会になった。そういうことの反省を基に大量生産、大量消費をどう地域に深く融合していくかを考え、わたしは環境問題を施策に取り上げた。

 今までの大きなつけをどうクリアするか、循環型のまちづくり、環境と福祉のまちづくりこれがわたしの姿勢。

 循環型の町は大きく三つある。一つは有機資源循環、町内には畜産農家が多く、そこから出る畜産汚泥と食品残さを宝と考え、えこ3センターを建設、良いたい肥を作り、それを農家に還元。野菜、果樹、水稲で農薬を減らし、化学肥料を使わずにえこ3センターのたい肥を入れ、質の良い農作物を生産、まず最初に食べてもらいたいのは子供たち、学校給食に100%に近い食材を提供しようと準備をしている。その次は高齢者に安全安心の食を食べてもらいたい。

 次は森林資源循環、森を大事にしよう。CO2の削減もそうだが森をいかに手入れし生かしていくかが大事。樹齢100年の木材を使えば建物は100年持つといわれるが、例えば乾燥地帯の国の材を持ってきたなら湿気の多い日本では寿命は半分になるでしょう。木というのは、地域で育ったものをそこで使う、それで樹齢が100年なら100年持つんです。

 当町では町内の施設を作るとき、町内の大工さんが町産材を使い地元の技術で建て、地元に金を残す。そうすることで伝統技術、森林循環で森を残すことになる。

 3点目は無機資源循環、女性8団体の協力でごみの分別を進め、焼くごみをゼロにしようとやっている。

 ■合併の考え方

 合併は否定はしないが、まずまちづくりの基本がしっかりしていることが大事。これがあっての合併。今話をしたまちづくりをきちっとして、町をスリムにしてから合併する。財政が苦しいから合併というのでは、悪いところと悪いところが一緒になっても悪くなるのは当たり前。やはりお互いが切磋琢磨しながらスリム化して合併して一段上を目指す、これがわたしの持論。

 来年1月までに合併すれば合併特例債がもらえる。それに目がくらんで合併するということは考えていない。自立できるまちづくりを説明しているが最終的には町民の負担が増えることだがあえてお願いしなければならない。


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