|
名高い童謡「しょうじょう寺のたぬきばやし」の歌詞は次の通りである。
一、しょ しょ しょうじょう寺
しょうじょう寺の 庭は
つ つ 月夜だ
みんな出て こいこいこい
おいらの 友だちゃ
ポンポコポンの ポン
負けるな 負けるな 和尚さんに 負けるな
こいこいこい こいこいこい
みんな出て こいこいこい
二、しょ しょ しょうじょう寺
しょうじょう寺の 萩は
つ つ 月夜だ 花ざかり
おいらも うかれて
ポンポコポンの ポン
負けるな 負けるな 和尚さんに 負けるな
こいこいこい こいこいこい
みんな出て こいこいこい
如上の童謡の作詞者は野口雨情、作曲者は中山晋平である。作詞の際、種となった伝説は次の通りである。
木更津の證誠寺の庭一面で月の光を浴びたタヌキたちが腹鼓を打っている。それを見ていた和尚は、かたわらの三味線を持って庭に出る。「おいらも うかれて ポンポコポンの ポン」というくだりがそれである。
そこで、タヌキたちは和尚に負けないように、以前にも増して激しく踊る。「負けるな 負けるな 和尚さんに 負けるな」というくだりは、タヌキたちが腹鼓で和尚に対抗する状況を表現したものである。
この腹鼓は3日間続いたが、4日目の夜、タヌキたちの腹鼓は聞こえなくなる。翌朝、和尚は本堂付近のやぶの中で一匹の大だぬきが腹の皮が裂けたまま死んでいるのを見付ける。
證誠寺には、腹をたたき破って死んだタヌキの親分を祭ったタヌキ塚が現存している。
タヌキの腹鼓とは月夜にタヌキたちがくるくると走り回ったり、音頭取りタヌキが後ろ脚で立ってジャンプを繰り返す運動である。これを複数の家族ごとに演じた場合、対抗し合った節がある。そのことが伏線となり、タヌキは人を呼び掛けて、それをきっかけに呼び交わすという伝説が生じた。
早川孝太郎の『猪・鹿・狸』には2話が見える。ある寺の僧侶は返事の代わりに木魚をたたいて夜を明かした。翌朝、軒下に古ダヌキが腹を上にしてみまかっていた。それから、毎晩現れては「しんぞの藤兵衛ぼっとぼと」とからかうタヌキがいた。
藤兵衛も負けじと「そう吐くおぬしもぼっとぼと」と一晩中、呼ばり通した。翌朝、軒下で大ダヌキがみまかっていた。
この「ぼっとぼと」という音は、タヌキたちの踊りの音頭取りである大ダヌキが、後ろ脚で立ってジャンプを繰り返すときに出る音ではあるまいか。
|