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自分の人生を楽しく生きて!「介護の達人」の著者羽成幸子さんの講演会(アクセシブル盛岡主催)は10月30日、盛岡市上田の岩手大構内で開かれた。祖父母、両親、義母の5人の介護と死を看取ってきた経験から、介護者と介護される人が「向き合う」こと、「介護の土俵」に多くの人を巻き込むことの大切さなど「介護道」の極意を参加者に伝授した。自らの死を迎えるためどう生きるかをユーモアたっぷりに説いた。
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【写真】腹話術人形のしゅうと「キクさん」と冒頭登場し講演した羽成幸子さん
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羽成さんは義母との経験から、介護される側にとって「老いた体と心を分けて考える。老いた体は介護を受ける。気持ちは楽しいことを考える。そうすれば恥ずかしさは消え、みじめでなくなる」と話す。
介護者にとっての苦労は「頭のてっぺんからつま先まで排せつ物の処理に尽きる。まずにおいが克服できなくては。介護で働こうとする人の挫折の一番の原因」と説明する。
義母は痴ほうでも寝たきりでもなく、体を動かしたくないからトイレに行かず、ティッシュで排せつを済ませたり、トイレに行くと今度は「節約しなくては」と手で排せつ物をふいたりした。
羽成さんは「人一人を受け入れることは、歩んだ人生、考え方、習慣、言葉、においを受け入れられるかどうかということ。相手を理解することは難しい。ぼけたと決めつければ簡単だが、何か原因があるはずと向き合わなくてはお互いエネルギーを消耗するだけ」と話した。
介護しながら優しさとは何か考えた。たまに来て食べ物や花束を贈ると「あなたは優しい」と言われるが、排せつ物や枯れた花を処理するのは介護者だ。だれも褒めてくれない介護者の気持ちはどう処理すればいいか。
「介護する相手を、いなくなってしまえばと思ってもいい。生半可な優しさで介護はできない。心にそういう悪魔の部屋を設けるのはいい。ただその窓を開けてはいけない。家庭の愛とは憎しみも怒りも悲しみもある。とことん向き合っているから出る。だから葛藤を恐れてはいけない。葛藤が死を受け入れる力になる」。
介護道とは「お願いや窮状を訴えられる自立できる介護者になること。もっと楽に何でわたしだけと考えず、自分の人生もそこに含める。したたかに同時進行で。介護を終えてから自分の人生なんてできっこない。自分の人生の主人公は自分。双方をつぶしてはいけない」と説いた。
看取った死から「死は一生懸命頑張った人に与えられたご褒美。死にたいでは死ねない。生きる命を燃やさなくては死を迎えられない」と訴えた。
「介護が終わって自分を責める人がいるが、自分の人生を楽しく生きてほしい。皆行き着く場所は同じ。一人で介護はできないのだから。わたしはぽっくり死にたいと思っていたが、今はそばにいる人に『あなたに会えてよかった』と言うために、自分は今からどう生きていくか考えている」と締めくくった。
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