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「長く務めていたというだけのこと。団員の皆さんにいただいた賞ですよ」。古澤清吉さん(68)=盛岡市上米内=は自治体消防の制度が発足した1958年に盛岡市消防団に入団。以来、45年にわたって消防、防災活動に従事。99年4月から昨年3月までは副団長の重責を担い、団長と共に市内の消防団を束ねてきた。「消防団は地域のために尽くすもの。まず、地域に認知されなければ、市全体の理解も得られない」。長年の活動から得た教訓を淡々と語る。
盛岡市と旧都南村との合併を前に、北上市と一足先に合併した旧和賀郡の消防団員たちと話し合ったことが、今でも心に残っている。消防団の指導者研修で同室になった時のこと。「まるで、継子扱いだ!」と合併への不満をぶつける団員の姿に「盛岡と都南の消防団では、決してこういうことがないようにしなければ」と相手を立てることの大切さを思ったという。幸い、盛岡と都南の消防団は良好な関係で融合し、合併10周年の節目を無事に迎えた。
地域のコミュニティーが大きく変化する中、消防団の活動も過渡期を迎えている。昔は団員の慰労と親睦をかねて屯所で一杯やることも多かったが、最近はめっきり数が減った。世間から厳しい指摘を受けることが多くなったからだという。
出動現場でもしかり。「隣家に水をかけないように」「マスコミなどに軽々に返事をしないように」と本来の活動以外で気配りしなければならないことがけっこうある。襟を正した行動を取ることは当然だが、やや窮屈さを覚えることも。「昔のほうが活動はしやすかった」と振り返る。
思うところあって昨年、長年携わった活動から身を引いた。「ますます世の中は変わり、消防団も変わっていく。今の時代は、リーダーのワンマンがなかなか通用しない時代。かといって八方美人でもいけない。自分の信念を持って、通すところは通す、緩めるところは緩める。なかなか難しいと思いますよ」と求められるリーダー像を語る。
どこの消防団も団員の確保に頭を痛めている。しかし、現代の若者も捨てたものではないはず。
「頼まれたから仕方なく消防団に加わるというのではなく、入団したからには、こういうことをやってやろうという信念を持って入団してほしい。45年間、務めて、ようやく言えるようになったことですが…」と後進の活躍に期待した。
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