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■岩手県の道路整備の歴史
古来、道路は「産業・経済・文化」の発展に重要なものとして、また軍事上から最も重要なものとしてその役割を果たしてきた。本県陸上交通の大動脈である国道4号は、古くは徳川時代にさかのぼると東海道、中仙道、甲州道、日光街道と並ぶ五街道の一つ奥州街道として整備されてきた。
明治9年(1876年)に太政官達第60号によって国道、県道、里道の制度が定められ、岩手県では明治14年(1881年)に県道、秋田街道、宮古街道、釜石街道、小本街道、久慈街道などと呼ばれていたが、これらは国道に昇格されている。
県内には国道4号、国道45号、国道46号、国道106号、国道107号、国道283号などがある。
昭和20年代の道路事業は大戦後の経済復興と相次ぐ風水害に対する復旧に追われた。
岩手県における市町村道整備は、農林業の開発に必要な生産道路として新設された開拓道路が、その後の市町村道路として認定されたものであった。昭和27年の改正道路法によって、国の機関という資格で市町村長管理とし、市町村の営造物として管理されることになった。
昭和39年に奥地等産業開発道路整備臨時措置法、昭和40年に山村振興法、昭和45年に過疎地域対策緊急措置法など相次ぐ特別法が制定され、市町村道が整備されてきた。
昭和27年に県道盛岡・釜石線の「仙人有料道路」工事が国庫補助事業で始まった。陸前高田市と大船渡市を結ぶ「通岡有料道路」、県営有料道路として「八幡平有料道路」が昭和45年、「小岩井有料道路」が昭和46年、「北部陸中海岸有料道路」が昭和49年、『浄土が浜有料道路』が昭和52年に完成しており、現在は一般に開放されている。
昭和32年4月に国土開発幹線自動車道建設法が制定された。国土を縦貫、横断する高速幹線自動車道を開設し、国土の普遍的開発を図り、産業の立地振興、国民生活領域の拡大を期し産業発展、新都市・新農村の建設を促進する目的を持って高速自動車道の建設が始まる。昭和40年11月1日に東北縦貫自動車道の基本計画が決定して、高速交通時代の幕開けを迎えることとなった。
これからの道路整備は人口移動の構造的変化、所得の平準化、定住構想などを基にして生活に密着した道路整備を進めていくこととしている。(大内豊)
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