2004年 11月 7日 (日)        

■  〈いわて鉄道物語〉22 大内豊 「大量輸送の始まり」

 ■レール、鉄道、輸送の始まり

 レール輸送の原点は「道路に車輪がのめりこまないように改良させた」ことに始まる。

 けん引が、人から牛・馬などの利用に進歩し、それから蒸気などの動力に進んでいった。鉄道の発達はレールから始まった。敷板の枕木に始まり、枕木の上に厚い鉄板を敷いた。それが、レールに改良され、レールの上を走るフランジのついた車輪へと発達した。

 鉄のレールを鉄の車輪が走ることを開発し、けん引を人から馬、牛へ、そして蒸気車に発達させた。

 輸送目的は最初、荷物や鉱山の鉱石・石炭だった。それが旅客・荷物混合・旅客用・貨物用と用いられ、大量輸送が可能になり営業用・事業用に用いられるようになった。

 最初、旅客・貨物用ともにレールの間の軌間を馬にけん引、走行させた。その後、蒸気車の発明により動力車で客、貨車をけん引するようになった。

 1765年にイギリス人ワットが蒸気機関を発明した。その後、蒸気機関を鉄道車両に応用し蒸気機関車を造り、レール上を走らせたのは1804年、イギリスのトレビシックであった。

 さらにスチーブンソンが1823年にロコモーション号を造り蒸気機関車を実用化し1825年にストックトン・ダーリン間で営業運転に使用した。

 ■乗合馬車の登場

 無軌道の乗合馬車(俗称ガタ馬車)といわれたものが、日本では江戸時代後半から明治維新にかけて、江戸を中心に外国人によって経営されていた。

 乗客の大半も外国人であったといわれ、東京市内の日本人による乗合馬車の最初は由良宗正によるものといわれ、明治5年に始まったといわれる。大繁盛していた。

 東京市内の乗合馬車が大繁盛したことに気を良くして、由良宗正は伊藤八兵衛と共同で2階建て馬車をイギリスから輸入して「千里軒」という愛称をつけて、明治7年8月に開業した。ところが2階建て馬車は間もなく事故を起こしてしまい、危険であるとして禁止され廃業することになった。

 (大内豊)


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