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11月8日に行われるふいご祭りの供物にミカンは不可欠である。
『好文木』には「鍛冶屋のふいご祭、子供朋輩大勢集めて居る所に、鍛冶やの貧乏〓〓といふ。亭主腹立て、これでも貧乏かと言いながら、蜜柑したゝかに投出しければ、子供ひろいながら、鍛冶屋の福ほう」と記されている。かつてはふいご祭りにミカンを投げて、子供らに拾わせる慣例があった。
『柳多留』には「ふいごの風を当にのる蜜柑船」や「片腕で正宗みかんなどをなげ」という句が見える。ふいご祭で神前に供えられるものは神酒・ミカン・するめ・赤飯などである。ふいご祭りにミカンが付随するのはなぜであろうか。
陰陽五行の法則によると、10月(亥月)は陰の気が極まる月である。翌月の11月(子月)は生命の萌芽の月である。換言すると「一陽来復」の方向に歩み始める月である。ふいご祭りの神に金屋子神が見える。
この神が降臨するのは桂の木とされている。「桂」の字のつくりは、「土」を重ねている形である。このように土気を強調する木に降臨するのは、「土生金」の相生の理によって桂が金気を強化するという期待からである。ミカンは黄色であるから、土気に属する。ミカンの「甘」も土気に属する。
これを要するに、ミカンの土気に支えられて、金気の金屋子神はよく機能を発揮するわけである。したがって、ふいご祭りにミカンは歓迎されるべき呪物である。
ふいご祭りの祭壇にミカンを供えるに至った経緯について、天からふいごが降りてきてミカンの木に引っ掛かったからだと説明するむきがある。
これは陰陽五行の法則を知らなかったため、苦し紛れに考えついたのであろう。
金気には本来的に、戦いや健康などが内包されている。ふいご祭りは刀鍛冶、野鍛冶、鋳物師、銀細工や飾り職、石工など金気に深く関連する祭りである。
その祭りに供えたミカンを食べると、風邪を引かぬとか、けんかをせぬなどという俗信が残っているゆえんである。ミカンという土気象徴物を腹に納めることで「土生金」の理が働き、「一陽来福」を期することが可能である。
わが国における昭和20年代前半は、食糧難の時代であった。
今まで捨てていたものでも生きるためには利用せざるを得なかった。ドジョウはもとより、カエルやタニシ、カタツムリも食べた。東京では拾い集めたミカンの皮を洗って刻み、パンの材にすることを案出した人がいた。
彩りは実に鮮やかであったが、かじってみると苦くて、とても食べられるものではなかった。せっかく集めたミカンの皮は結局、畑の肥料にされた。
往古、ふいご祭りでミカンを供え物に使い、子供たちに与えたのが工匠たちであった。
同じ土気象徴物でも油揚げでは子供たちが喜ぶまい。ミカンの持てる呪的力に着目した彼らの見識は高い。
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