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【写真】完成した「新田町の歩み・昔と今の思い出」を手に、これからのまちづくりに期待を寄せる谷藤正男会長(左)と佐々木勇さん
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盛岡市の新田町町内会(谷藤正男会長)は、このほど、昭和初期の町内会発足から現在に至るまでの歴史をまとめた町内会史「新田町の歩み・昔と今の思い出」を発刊した。町内会の有志が「世紀の変わり目を機に、故(ふる)きを温(たず)ねて、新しきを知ろう」と一念発起。古い記録や地図をひもとき、およそ2年半の歳月をかけて完成させた。かつて、駅前に続く繁華街として栄えた町も、都市構造の変化や若者の流出で年々、空洞化が進む。由緒ある町の活気を取り戻すきかっけにしたいとの願いも込められている。
新田町は夕顔瀬橋に接した西側に位置。現在の世帯数は約570。藩政時代は厨川通代官支配地に属し、盛岡城下の夕顔瀬西詰めで分岐する鹿角街道筋の片原町と共に雫石・秋田街道沿いに発達した。明治に入り鉄道が布設されると、生活必需品を賄う店のほか、製糸工場や料亭も進出。近隣の農村からの買い物客や兵隊も含め、大勢の人でにぎわった。
町内会の歩みを見ると、昭和2年(1927年)ごろ、第一町内会と第二町内会とに分割。その後の住居表示で第二町内会が再び新田町になって今年で36年目を迎える。一町内会といえども、戦前からの歩みを含めると80年近い歴史。その間には、北上川の増水でたびたび流失していた夕顔瀬橋の架け替え工事や厨川小学校の移転、盛岡駅前の空襲、「開かずの踏み切り」と言われた新田町踏み切りと国道46号の立体交差化など暮らしとかかわりが深い大きな出来事もあった。
編集作業では町内会長の谷藤正男さん(77)、新田町公民館副館長の佐々木勇さん(71)ら、戦前からの町の様子を知るメンバーが中心になって歴史資料や古地図に当たり、子供のころからの記憶を文章に起こした。
「自分たちが元気なうちに記録を残して置かなければ、昔のことを語れる人はいなくなってしまう」。何とか由緒ある町の記憶を留めて置きたいとの思いがあったという。町内会主催の行事や婦人会、老人クラブの活動の記録、折に触れて撮りためた写真、思い出話の寄稿、子供たちの作文なども合わせて掲載し、過去から現在、未来に思いをつなぐ一冊に仕上げた。
佐々木さんは「古い町の歴史を残して置くことは、これからのまちづくりを考える上でも意義があると思う。ぜひ、大勢の人に手にとってもらいたい」。
谷藤さんは「昔をしのぶ懐かしい街並みは姿を消しつつあり寂しい限り。たとえば、駅から近い利便性を生かして1階は新鮮な県産品を売る店舗、2階から4階は住居と賃貸マンションにして定住化を図るなど思い切った発想が必要。若い世代や後継者を含めて経営感覚でまちづくりをしなければ。活気ある新田町が復活することを期待したい」と町内会史に込めた思いを語った。
「新田町の歩み」(A4判、205ページ)は500部作成。町内在住者には1部千円、町内出身で他地区在住の人には2千円で販売している。
問い合わせは佐々木さん(電話623−7824)へ。
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