2004年 12月 01日 (水)        

■  〈盛岡ことば入門〉220 黒澤勉 「なに、むつけでら」

 一五八、身支度する−もよう、身体をひねって寄る−もじょる、不機嫌になる−むつける

 

 @身支度する−もよう

 (A)わが子の広が学校に行く時間になっても、ぐずぐずしているので、「かっちゃん」はいらいらして叫びます。

 「こら、ひろす(盛岡弁の「し」は「す」近い)。もっためがさねで(もたもたしないで)はやぐもよって、がっこさ(学校に)いげ。おめ、いっつも、ちこぐばりしてるでねが(遅刻ばかりしているじゃないか)」

 「わがってら(わかってる)。いま、もよってらどごだ」

 (B)母親が外出するのを、うらやましげに見ている娘に言いました。

 「おめぇもいきてのが(行きたいのか)、んだば(それなら)つれでぐがら、ちゃんと、もよってこ」。すると娘は飛び上がって叫びました。

 「ん、わがた。わがった」

 これらの例に出てくる「もよう」(青森や八戸では「もよる」)は、身支度をすることをいいます。この「もよう」は、どこから来た言葉でしょうか。

 「もよう」は実は「もよおす」の発音が変化した言葉だと思われます。「もよおす」というのは、たとえば「眠気をもよおす」とか「会をもよおす」というときの「もよおす」ですが、古語としては、支度する、準備するという意味もあって、「御産屋の儀式あるべきことなど、こちたきまでもよおしおかれ」(『増鏡』)などというように使われています。

 この例では、儀式があるのでその装束を整えるという意味で使われており、盛岡弁の「もよう」と同じ意味といってよいでしょう。

 A身体をひねってよる−もじょる

 寒い冬の夕方、留吉が遊びから帰ってきました。姉たちはこたつで暖まっています。

 「あーさむ、さむ。ぺっこ、(少し)もじょって、おれのごどもあででけろー」

 「さむがったんべ。んだんだ、みんなして、もじょらんこすべ。さあ、あだれ、あだれ」

 この「もじょる」という言葉は「もじる」に「よる」のついた言葉です。「もじょらんこ」は数人が身を寄せてすき間を作ってあけてやることを一種の遊びのように表現したものです。(席の「譲り合い」に近い言葉ですが、「もじょらんこ」とは、良い言葉ではありませんか。高橋タミ子さんから聞いた言葉です)

 「もじる」は、ねじる、よじる(どの言葉にも「じる」がつくのが不思議)ということで、自動詞は「もじれる」(ねじれる、よじれる)です。

 「もじる」は、もともと身体などをよじり、ひねるということでしたが、言葉を他の語の音や口調に似せていう、つまり語呂あわせ、地口などを言うようにもなりました。『伊勢物語』のパロディの『仁勢物語』、『源氏物語』のパロディの『偽紫田舎源氏』 など、いずれも「もじった」作品名ということになります。

 B不機嫌になる−むつける

 面白くなさそうな顔をしている「ごでぇ」(亭主)に、妻が語りかけます。

 「おめさん、なに、むんつけでらのすか。なにが、あったのすか」

 「なんもねでぁ(何もないよ)」

 「んだって、おめさんのつらさ(顔に)、ちゃんと、けえでらよ。おもしぇぐね、おもしぇぐねって」

 「なに、おら、そったらつらしてらってが(そんな顔をしているっていうのか)」

 「んだよ。おめさん、いっつも、にかにかってるはんて(にこにこしているから)、なにがあるど、すぐわがるんだ。さぁ、こごろのながさ(心の中に)すまってねで、なにぁあったんだが(何があったのか)そったらいがえんちぇ(言ったらいいでしょう)。おもってるごど(思っていること)なんもかんもそってすまえば、すかっとしあんすだじぇ(すっきりするんですよ)」

 「んだなあ」と言いながら、「ごでぇ」は、ポツリポツリ語り始めました。

 「むつける」というのは、機嫌悪くすること、「むつけでる」は、別の盛岡弁でいうと「ぶすくれでる」(ぶすっとふくれている)「にがめでる」(にがにがしい思いでいる)に近い言葉です。

 共通語でも「赤ん坊がむずがって泣いている」などと言いますが、その「むずがる」が盛岡弁の「むんつける」です。(ちなみに、これを盛岡弁に直すと「びっきぁ、むんつけで、ねぇでら」となります)「むずかる」の形容詞が「むつかし」で、これが現代語の「むずかしい」という言葉になりました。

 つまり「難しい」という言葉は、もともと機嫌が悪い、不愉快だという意味だったのです。どうしてそれが「難しい」という意味になったのでしょうか。機嫌が悪くなるのは、容易に解決しない困難、難しさに直面したからです。そういえば数学の難問を一生懸命考えているときの顔など、「むんつけでら」顔に近いといえましょう。

 数学の問題ができようとできまいと、さほど大問題ではありませんが、もっと実人生とかかわりある重大な問題−仕事上のトラブルとか、人間関係とか、人生に「難題」は多く、そのたびに「むんつけだつら」(不機嫌そうな顔)を人にさらしながらわたしたちは生きています。

 どうしたら、そんな不機嫌、不愉快を一掃し、さわやかになれるでしょうか。その一番の方法は、人からその解決の方法を教えてもらうこと、また、安心してそのことを話せる相手がいて、それをあらいざらいぶちまけることができることでしょう。

 先程の会話で、賢い妻が、夫にどうして面白くなさそうな顔をしているのか、話しなさい、と促したのはもっとものことです。それにしても南部の人は総じて無口で、口下手なため、「むんつけでる」という印象を与える人が多いようです。(おらも、とぎどぎ、『おめさん、なに、むんつけでら』、なんてそわれるごどぁござんすよ)(岩手医大教養部教授)


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