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平成16年10月13日付朝日新聞に「クジャク増殖、島は迷惑」という記事が掲載されている。それによると、沖縄県の宮古・八重山地方でインドクジャクが野生化して増え、沖縄固有の小動物の存在を危うくしているという。インドクジャクは1997年ごろ、小浜島のリゾートホテルが観光サービスのために移入して放し飼いにしたものが逃げたりして増殖したらしい。
わが国には大資本による大資本のための豪華リゾートが目立つ。リゾートは非日常的生活へのあこがれが基本であるから、その一端として異国産クジャクの放し飼いに着目したのであろう。しかし、それによって地域の自然や文化を損なってはならない。しかるに、増えたクジャクはもはやホテル側の駆除も追いつかない状態で、生態系を崩しているというのだから、住民の利益につながらない。
ところで、聖天子の世に現れるとされている想像上の霊鳥として鳳凰(ほうおう)が知られている。雄を鳳、雌を凰という。『説文』には鳳凰について次のようにしたためられている。
「神鳥なり、郭璞注に、瑞応鳥、鶏頭、蛇頸、燕頷、亀背、魚尾、五彩色其高さ六尺ばかり」
嘴(くちばし)が鶏に似ていて、高さ5、6尺、羽には5色の紋がある鳥といえば、クジャクが最も近い。鳳凰は竹の実を食うと伝えられているけれども、如上の朝日新聞の記事によると、クジャクは大食漢で「野菜にトカゲ、カタツムリなど何でも食べる」と記されている。
食物連鎖のピラミッドの頂点に立つクジャクも、容色の秀麗なことは誰しも認めざるを得ない。現存する鳳凰の画像を見れば、それがクジャクをかたどったものであることがわかる。
『曽我物語』には「賢王世に出づれば、鳳凰翼をのべ、賢臣国に来たれば、麒麟蹄をとぐといふ事も、この君の時にしられたり。めでたかりし御事なり」と見えている。
また『保元物語』には「そもそも新院(崇徳上皇)天下を治て十九年が間、一天雲はれて、みどりの空に雨をそゝき、四海波しづかにして、鳴鳳の声さだかなり」と記されている。素性がクジャクであっても、いったん霊鳥に昇格するや、その出現は瑞兆(ずいちょう)としてありがたがられたのである。「鳴鳳の声」の元がクジャクである以上、ネコのそれに近いということになる。いずれ鳳凰は全く空想の産物ではない。
さて、ヨーロッパの農村では生産性を優先する集約的農業による増産を進めた結果、農地の境目などにあった生け垣や人工林(防風林)も次々と姿を消すに至った。これは景観を損ねるとともに、生態系を崩すことになる。小浜島のリゾートホテルが非日常的生活演出のため、導入したクジャクによって生態系のバランスが狂った状況と通じるものがある。
『柳多留』に「鳳凰は神のこうべにやどる也」という句が収められている。「正直のこうべに神やどる」という諺(ことわざ)の援用だが、利益に目がくらみ、生態系を狂わしてはなるまい。
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