2004年 12月 05日 (日)        

■  〈杜陵随想〉伊藤幸子 「芝居好き」

  芝居の話をすると何日でも尽きない。テレビドラマなどの俳優さんはすぐ忘れるが、生の舞台で見た人はたいてい覚えている。

 盛岡文士劇は今やすっかり岩手の冬の風物詩になった。まずチケット争奪戦から、わたしの風物詩は始まる。いろんな所に並んだ。毎年2時間ぐらいは覚悟。その間、芝居好きの人たちと会話が弾む。「幡随院長兵衛」のときは、個人タクシーの運転手さんと、あらすじから歌舞伎まで延々と語り合った。

 ことしは某所で、「あんまり花道のそばだと、畑中美耶子さんに、おめはん、どごがらおでったのすって話し掛けられるがら、おしょすなはん」と誰かが言い、みんなで大笑いした。

 それにしても畑中さん、あの流暢(りゅうちょう)な盛岡弁での粋な着物姿には毎年うっとりさせられる。

 「金色夜叉」、ことしは風見好栄アナ扮(ふん)するお宮をひきつれて花道からお出まし。恒例の盛岡文士劇幕明けである。南昌荘でのカルタ会という設定がおもしろい。

 おやおや、いつも天気予報の名調子を聞かせてくれるNHKの上原康樹アナが箕輪亮輔役でお茶を入れている。もうメイクもカツラも不要、地のままそのままで役にはまって、さびのきいた声が胸にしみこむ。

 場面変わって松本源蔵さん。お宮の父役で間貫一に諄々(じゅんじゅん)とお宮の縁談話を始める。生粋の盛岡弁、いたわりの情愛をこめて、間のとり方といい、さすが名演技と聞きほれた。

 しかし、あまりにもよどみない語りが延々と続き、お客さんの方に顔を向けないのがふしぎで、わたしはそっとオペラグラスでのぞいてみた。アラ、やっぱり、卓の上に置いた新聞がどうやらカンニングペーパーのようだ。たまにとちってくれれば満点の芝居なのにとおかしかった。

 わたしの長年のおっかけMさまは、ことしは若々しい学生役。胸板の厚い一本気な学生気質がたまらない。この方の大高源吾役、ガラッパチの八五郎役、また唐犬権兵衛役で棺桶(かんおけ)を背負っての過去の演技など忘れられない。

 第三部は「旗本退屈男」。高橋克彦座長扮する早乙女主之介、灰色地にしろがねすすきの揺らぐ柄の着物姿は今や「日本一!」の風格が備わる。初演のころより大分細身になられたように見える。

 ことしはその思い人に内館牧子さん。大相撲九州場所千秋楽ではございませぬか。「魁皇の昇進はありません」と花道で速報を述べてドッと沸いた。「年々美しゅうなられて」と座長にほめられてご満悦である。

 水もしたたる若君純さま。菊池幸見アナの軽妙な南蛮人の台詞(せりふ)回し、このころは生バンドの音楽が入り乱れて文士劇ライブもクライマックスを迎える。歌あり、殺陣あり、南蛮屋敷のぶっ返りもあった。

 盛岡文士劇10周年にふさわしく、派手でにぎやかな舞台だった。役者と観客がひとつになって大いに笑い楽しんだ。「退屈の虫が騒いで仕方ない」ほど平和で平凡な日々が続くよう、アンコールの鳴りやまない幕に祈った。

 (西根町平笠)


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