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盛岡市津志田の見前中(佐々木繁校長、生徒545人)で8日、元県立図書館長でJICA(国際協力機構)・シニア海外ボランティアを2年間務めた高橋寛さん(67)夫妻=石鳥谷町=が講演した。生徒にマイクを向けながら、カンボジアの歴史や風俗、ポルポト時代の苦難などを熱く語り、「カンボジアが貧しいのは、ポルポト時代に知識層が虐殺されたから。日本に今の幸せがあるのも、先人が築き上げてきた積み重ねがあるから。皆さんも先人の苦労を知り、努力をしてほしい」と呼び掛けた。
寛さん、溜美子さん夫妻は、いずれも元教員。02年−04年までの2年間、シニア海外ボランティアとしてカンボジアに滞在。現地の幼稚園でそれまで行われていなかった運動会や音楽の授業の実施にこぎつけ、帰国時にはフンセン首相からゴールドメダルが贈られた。
夫妻はカンボジアのクメール語のあいさつを交えながら、国情を紹介。溜美子さんは「公務員の月給は25ドルほどなのに、家族を養うには月100ドルが必要。家族を養うために、公務員が不正を働いている。外国人はいいカモにされている」と、人力タクシー・シクロでの体験を披露した。
「シクロは危険だと忠告されていたけれど、見知らぬ場所に連れて行かれたとき、わたしたちは死を覚悟した」と話し、「実は、シクロの運転手が行き先を示した紙を読むことができなかっただけだった。カンボジアでは、女性の4割が非識字者である」と話し、教育面の貧しさを紹介した。
そして、寛さんはベトナム戦争後に訪れたクメール・ルージュによる苦難の歴史の一端を語った。
「高校が刑務所になり、多くの知識層が虐殺された。また、世界一地雷が埋まっている国でもある。街には今も、手を失った人や足を失った人があふれている」と述べ、「ユネスコ憲章の前文では、心の中に平和のとりでを築かなければならないとうたっている。こんなひきょうなことがどうして、許されるのか」と語気を強めつつ、惨状を訴えた。
また、エイズ孤児やストリートチルドレンにも触れ「ごみをあさる人々であふれている。そうしなければ生きていけないと考えると、とても悲しいことだ。だが、そんな中でも自立に向けて努力する若者の姿がある」と、カンボジアであった弁論大会の一幕を振り返った。
溜美子さんは「国費の6割以上が外国からの支援、自分の国が情けないとつたない日本語で語った青年。育ててくれた親に感謝する青年と、日本の青年が忘れている若者の姿を見たよう。関心がないではなく、自分には何ができるのかを考えてほしい」と訴えた。
寛さんは「2年間で感じたのは、人を思いやる心が日本の最たる文化だということ。熱で苦しんでいるわたしに、4歳の女の子がキャンデーをくれた。自分でも食べたかっただろうにと思うと、そのことがカンボジアでの宝であり、一番の思い出だ」と、カンボジアでも人を思いやる心をはぐくめたと、2年間を振り返った。
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