2005年 1月 11日 (火)        

■  〈音楽時評〉渡部精治 「年の明け暮れ」

 大みそか恒例の超大型娯楽番組に嫌気がさし、チャンネルを変えてクラシック音楽の番組を探し当てた。岩城宏之指揮するベートーベン交響曲全曲の生中継であった。

 3時半からの番組で、夕方スイッチを入れた時は既に第4番の2楽章半ばを過ぎていた。それから休憩をはさみながら全部聴き終えた時は元日の零時50分を過ぎていた。公共放送の不祥事が糾弾されている昨今の事情に、同調する心情もいささか働いて、よくも我慢をして聴いたものだと思う。

 指揮者の疲労が心配されたが10時間にも及ぶ演奏によく耐えたものだと感心のほかはなかった。特に最近の演奏家のようにせっかちでなく、よく間合いをとってベートーベンの心を聴かせていたように思う。

 特に久しぶりに聴いた第6番の情景描写はアシュケナージを超えていた。かつてあこがれたフルトベングラーのテンポがそっくりにその時代の音を奏でているように思えた。凝縮されたベートーベンの一生を改めて思い知らされた得難い年の暮れとなった。

 続く元日は久しぶりにFM放送による音楽番組を聴いた。音楽学校の同期生で作曲家の杉浦正嘉氏から「自作が放送になる」との電話であった。

 午後3時からの新春スペシャルで「新しい日本の歌〜芸術歌曲の夕べ」と題し、「ACA詩と音楽の会」が主催した今年度の「新しい日本の歌」発表会の模様が放送になった。

 会長の平井丈一朗氏の解説で、日本語による新しい詩と歌曲の発展を図ってつくられた会の趣旨と、曲の中身の解説を交えての番組であった。

 プログラムは9月29日に津田ホールで行われた演奏会の録音で、23名の作品が披露された。曲はソプラノのもの、アルト、テノール、バリトンのもの、そして伴奏の形態もピアノだけでなく、フルートを伴ったものや弦楽四重奏によるものなど多彩であった。

 杉浦氏の作品は「真間の井」と題された山内弘子さんの詩に作曲したメゾ・ソプラノの独唱曲でピアノ伴奏によるものであった。真間とは万葉に出てくる手子奈の物語りで有名なところで、詩も手子奈の純潔な心と死を詠ったものであった。

 曲は無調で無拍子、人の声のありのままの音域によって、まるで語り物のように日本語の特徴的なリズムが意味をとらえ、ピアノの和声とその間に展開される単調さを補う対位法が織り成して義太夫節のようでもあり、いまにも手子奈の人形のしぐさが舞台に見えてくるような錯覚に陥った。

 プログラムも最後の方で、誰の作品よりも誠実で清貧で心が洗われた。私は感動のあまり早速手紙を書いて敬意を表し感謝を述べた。2日にわたる大きな収穫となった。

 杉浦氏からはさっそく「真間の井」の楽譜が送られてきた。機会を見て盛岡の人たちにも紹介したい歌曲である。


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