「ボクは、いま、うれしさでいっぱいです。なくなったと思った日本童謡協会の機関誌が生きかえったからです。ボクはにこついています」と、サトウハチローが、巻頭言で喜びをつづる、童謡文芸誌『詩と童謡』(B5判・72ページ)が、盛光社から創刊されたのは、昭和48年8月でした。
この創刊を待ち望んでいた巽聖歌は、4月24日、午前6時40分、東京日野病院で心不全のため逝去されました。葬儀委員長の與田準一は「童謡界の巨木が倒れた」と悲しみのことばを述べるのでした。
創刊特集座談会は「詩と童謡・今日の問題を探る」です。出席者は、藤田圭雄・中田喜直・神宮輝夫・湯山明の4人に、司会は小林純一となります。
「新しい子どものうた運動」から始まり「童謡の作家たち」「戦後、童謡の推移」「詩人の立場と作曲家の立場」「テレビ・ラジオと子どもの歌」「領域を越えた論争を」など、20項目に及ぶ内容で、20ページにわたって児童文芸論を展開するのです。
「何かが欠けている詩」の例として、野坂昭如「おもちゃのチャチャチャ」が、そ上に乗ります。
「そらにキラキラおほしさま/みんなスヤスヤねむるころ、など、詩でも何でもない。ところが曲が付いて放送されると、子どものリズムに合っているのでどんな下手な詩でも曲さえうければ、それが子どもの歌として通用する」と、ラジオ・テレビなど、時流に乗った子供の歌がはんらんするなかにあって、日本の童謡が衰弱していく現状を危ぐするのです。
詩人の関根栄一も「現代の子どものうた」の中で、テレビ媒体の歌の即効性や広がりの大きさは認めながらも、ことば(詩)に内在するリズムを音にするのではなく、南米などテンポのいい既製リズムだけを追求する傾向を嘆き、「新しい子どもの歌を、テレビに期待するのは見当違いのようだ」とも書くのです。
ほか評論に、尾上尚子「よい童謡をひろめるために」・上笙一郎「北原白秋童謡評釈」・小島美子「大正期童謡の感傷性」などが寄せられるのです。
今を「テレビ童謡時代」というそうですが「コンピュータおばあさん」というみんなの歌も、ここから生まれたものです。でも、もう誰も歌っていません。
奇をてらったものはやがて消え、良い詩に良い曲の童謡だけが、時代を越えた重みを持つのでしょう。 |