2005年 2月 7日 (月)        

■  〈盛岡百景〉7 住民の熱意が守った景観 「鍋屋敷の松並木」

     
  鍋屋敷の松並木。朝夕、路面に木の陰が伸びるときもいいが、新雪の輝く並木道も見応えがある  
 
鍋屋敷の松並木。朝夕、路面に木の陰が伸びるときもいいが、新雪の輝く並木道も見応えがある
 
  盛岡市北部の四十四田ダム方面と滝沢村の巣子を結ぶ市道四十四田鍋屋敷線は西に果樹研究所果樹試験場、東に東北農業研究センターを見ながら南北に走る。IGRいわて銀河鉄道葉ノ木沢踏切から南へ道の両側にアカマツとカラマツの並木が続く。鍋屋敷の松並木と呼ばれている。
  巣子の住宅形成に伴い、国道4号を避ける形でこの市道で渋滞が発生していた。相互交通できない幅員の踏切改良を含め、1991年度からこのルートの道路改良に両市村が取り組み、今年度、事業完了を迎えた。
  延長1723メートル。うち道路拡幅は1665メートル。幅員11メートルで、西側松並木の西側に車道に分離して歩道が付けられた。鉄道との交差はIGR上り線だけが踏切の平面交差、下りと東北新幹線はこ線橋の立体交差。この変則的な交差には松並木の存在があった。
  当初の計画は全面立体交差。クランクを解消しスロープ部分を多く取る設計は、道路の付け替え区間を長くするため、松が大量に伐採されるものだった。これに地元の住民らが敏感に反応。盛岡百景・から松並木を守ろう会(大西正照代表)が組織され、保存運動を展開した。大西さんは「5、6年近くの運動の結果、意見が採り上げられ、今のようになったのはありがたい。何よりもバックアップしてくれた6千人ぐらいの署名が大きな力を果たした。残されたのは皆さんの熱意以外にない」と話す。
  当初伐採予定は448本。設計変更で切ったのは184本。半分以上が消える計画が662本を残し、2割の消失に抑制された。せっかく残された松並木。「木を大事にすることは人間として当たり前なのに忘れられている。意識して残していかなければならない。次の世代のため新しい木を植えていく運動も必要と思う」と、大西さんは指摘する。
(井上忠晴記者)

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