2005年 2月 7日 (月)        

■  博物館行政に危機感 日本地質学会長の斎藤氏が講演

 盛岡市上田松屋敷の県立博物館で3日、2004年度冬期文化講演会(同館と県文化振興事業団の主催)が開かれた。国立科学博物館の前地学研究部長で日本地質学会会長の斎藤靖二さんが「自然史研究と博物館の仕事−日本列島の生い立ちに関連して」と題して講演した。

 斎藤さんは、現在の日本の博物館を取り巻く状況について危機感を表明。「現在の社会状況では、国や地方自治体にとって博物館は赤字財政というところからすべて始まっている。そこから競争原理を導入すると、評価が淘汰(とうた)選択の手段になる。説明を求められるので現場は対応に追われるだけで精いっぱいになり、自己中心的になる。管理統制がまん延する」と警鐘を鳴らす。

  博物館は「未来のために知を継承して共有する場」と位置付ける。その仕事は知識体系と知的証拠を未来へ継承することと話した。

  日本列島の成り立ちについては独自の調査を通して考察。「日本列島は2千万年前には大陸のへりにあった。日本海が割れて回転しながら拡大すると同時に成立した」と論を展開した。
  国立科学博物館に勤務していたころに発覚した、東北旧石器文化研究所の前副理事長藤村新一氏による旧石器ねつ造事件についても触れた。

  発覚前に、藤村氏が埼玉県の秩父市で旧石器などを出土。それを受け、当地に博物館を造りたいという協力依頼があり、斎藤さんが現地を訪れた。

  大規模施設の建設予定地だったという場所。地層を機械で平らに削っていたが、石器は一つも出なかったという経緯がある。「石器が出た同じ地層を全部削ったのに何も出なかったのはおかしい」と同館では協力を断ったという。

  新聞紙上にスクープが出たとき、埼玉県から秩父の旧石器を見てほしいと依頼があり、斎藤さんが出向いた。出土したという実際の旧石器を写真で見せながら解説した。

  石の種類は流紋岩、碧玉、玉髄が多かった。「日本の湿度の中で50万年も地層の中に埋まっていたとは思えない。すべてフレッシュできれい」と説明。

  石はすべて火山岩だが、関東山地には火山岩は1個もないという。斎藤さんが藤村氏本人に聞くと「旧石器時代の人は広く交流があった」という答えが返ってきた。

  同地方にある固い石はチャートだけ。時代が進み、縄文時代になると秩父ではチャートなど現地の石を使っている。「それより古い時代にどうして現地になかった石を使ったのか。旧石器時代の人は交流したが、縄文人たちは突然怠け者になって近所の石しか使わなくなったのか」と斎藤さん。「一番最初に素直な感覚で誰かが見ていれば、間違いが長く続くことはなかったと思う」と話した。

  斎藤さんは東北大学理学部卒、同大学院を修了。学生時代に県内での調査を基に「南部北上山地の古生代の地質」という論文を発表。日本の博物館の在り方についての提言も積極的に行っている。


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