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盛岡と宮古を結ぶ国道106号線の簗川郵便局近くに「飛鳥」や「飛鳥口」と標示されたバス停留所がある。実は長い間ここを通るたびに、バス停があるのは当然のことながら、この付近に古代をしのばせる「飛鳥」という魅惑的な地域があるからだと思い込んでいた。特に106号線から俯瞰(ふかん)する眺めは大変牧歌的で、万葉の世界で詠まれるような古代奈良盆地の風情を漂わせているのでなおさらのことだった。
ところが、よく聞いてみると、確かにこの地域の一部は古くから漠然と「飛鳥地区」とは呼ばれていたようだが、集落や地名の実態も謂(いわ)れもはっきりしていなかったというし、今に至っては「飛鳥」は行政地名はもちろん字名にもなっていないという。
それなら全く幻の地名かというとそうでもないらしい。バス停だけではなく山田線の区界駅手前の3本のトンネルが、それぞれ「飛鳥トンネル」と名付けられているように、「飛鳥」と呼ばれるにはそれなりの地名語源としての根拠はあったらしい。
市で発行している「盛岡の地名」によると、藩政時代の郷土誌「邦内郷村志」の「御領分中本枝村付」に簗川村の枝村「粕河」(あすか)の戸数5戸などという記述があり、この「粕河」がいつしか当て字で「飛鳥」に転化したものとみられている。ただ「粕河」がなぜ「あすか」と読まれたのかは、よく分からない。
全国地名辞典などによると「飛鳥」という地名は全国的に散見されるが、これらは、「古代飛鳥の宮」や「飛鳥座神社」にちなんだり、その伝播(でんぱ)によるものとみてよいものもあるが、中には簗川の「粕河」が「飛鳥」と呼ばれたように「当て字」や「借り字」で音韻変化したものが多いようである。
県内にも浄法寺町御山に「飛鳥」が、遠野市青笹や紫波町長岡、さらに石鳥谷町北寺林と金ケ崎町永栄には「飛鳥田」という字名があるが、ほとんど当て字、借り字のたぐいとされている。
ただ、本元の「あすか」の語源については、いろいろな見方があるようだ。地理学者の中には朝鮮文化論の立場から「アンスク(安宿)」の約化だとして、安らかな居住地であるという考え方もあるが、自然地理学的に奈良の飛鳥地帯が、しばしば土石流が発生し土地の崩壊が顕著であったことを受け、一般的には、古語で「崩岸」を「あず」といい、「処」を「か」と読み、「崩岸処」(あずか)は、土砂崩れのある場所を意味し、この「崩岸処」が「飛鳥」に転化し、あるいは当て字として当てはめたものとみられている。
しかし、それでも「飛鳥」という地名が、僻遠(へきえん)の地の至る所に見受けられることは、いかにその名称が人々に強い影響や印象を与えたかということを示している。
いずれにしろ、簗川の「飛鳥」も当て字や借り字というのであれば、どうやら、古代のロマンにあこがれて簗川のこの地に聖徳太子時代に花開いたとされる「飛鳥文化」の香りを期待するのは見当違いなのかもしれない。だからといって、かつては簗川の本流が「飛鳥川」と呼ばれたこともあるという夢のある地名を、単なる愛称や古称の痕跡に過ぎないと見過ごすことはもったいない。
できれば簗川のこの地が詩情豊かな「飛鳥の里」として復活されることを期待したいのだが、それは望外の願いなのだろうか。
(盛岡市つつじが丘)
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