斉藤重一山楽会会長(73)は会見で「自分の庭のように思ってきたのがよくなかった。おかしいなと思ってからコンパスを使った。29日夜から30日朝までに新雪が70センチ積もり、雪崩を回避したりすることが大変不備なことにつながった。反省している」と述べた。
斉藤会長は元教員。高校、大学時代山岳部で高校の山岳部顧問をしていた。乳頭山登山は毎年この時期の恒例行事だった。
「何十回も四季を通じて登っている山。こんな迷い方をするはずがないと思っていたのが間違いだったかもしれない。うぬぼれというか自負心が間違いを起こした」。救助にかかわった関係者に感謝し、陳謝した。
会見は雫石町役場3階で行われた。秋田県側の報道機関も多数詰め掛けた。中央からの新聞、テレビを含めテレビカメラが8台、マイクが10本。西山生保内線の通行止めゲートにも報道陣がおり、記者や取材クルーは70人近くに上った。
30日、町は退任式や新年度の準備に追われていた。役場には中屋敷十町長以下、四役、総務課や商工観光課の職員らで態勢を確立。遭難者と家族の収容、県警や自衛隊の詰め所、報道専用の部屋を設けるなど対応した。
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