2005年 4月 4日 (月)        

■ 日本人の心をインド人学生に 望月岩手大教授が帰国

 岩手大学教育学部国語科教育学の望月善次教授はこのほど、約2カ月半にわたるインドのネール大学での客員教授としての活動を終えて帰国した。国際交流基金の支援を受け、現地に向けて出発したのは1月5日。「啄木、賢治の魅力を伝えたい」と、大学院生と学部生を対象に3つの講義を担当。特に現地で初めての紹介となる石川啄木の作品は、気候も文化も違う学生たちが、今につながる日本人の心を知るいい材料となったと自負している。

 きっかけは、2002年度にネール大のP・A・ジョージ博士が岩手大に客員研究員として訪れたこと。その縁で今回「日本の詩歌の専門講義をしてほしい」という依頼を受けた。

  ネール大は、インド全土から秀才が集まる一番レベルの高い大学。大学院生を対象にした講義では啄木と賢治を基本にし、学部生を対象にした講義では、明治時代以降の日本の文学史を語った。

  第4外国語に位置する日本語だが、講義はほとんどすべて日本語で行えるぐらいの理解の高さ。特に大学院生は全員日本への留学経験があり、日常会話は完ぺきだったという。

  講義はビデオテープや盛岡市のパンフレットなども使って、映像面からもアプローチ。日本で学生に教えるのと同じように短歌を暗唱させたが、すぐに覚えたことに驚いた。専門的な深い内容の講義に、学生が集中して応えてくれたと振り返る。

  現地で初めて啄木を紹介するに当たり、井上ひさしの言葉「啄木の作品は日本人の心のインデックス」を引いた。

  人が大都市に集められて成立した近代日本。その代償に古里を失ったことにいち早く気付いた啄木。明治時代に男女平等という概念を持っていたこと。「眼閉づれど、/心にうかぶ何もなし。/さびしくも、また、眼をあけるかな。」など何でもない「ただごと」を認め、人間の居場所を早い段階で探し始めた人でもある。

  その啄木の考え方は、現在にもつながる日本人の心を表していて、インドの学生が日本を理解する参考になったと思う。

  多言語、多文化の社会だけに「文化に対する考え方が深い」と感じた。「人はどう生きるのかという根本的な問いを、多くの人が持っている。それは今、日本文化が失おうとしているもの。学生に限らず、自分たちも含めた問題」と思う。

  「これから日本がインドとどう付き合っていくかということは、日本という国が生き残れるかどうかの大きな要素だと思う。今後は岩手大とネール大との交流事業を活発にしたい」と話していた。


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