2005年 4月 10日 (日)        

■ 〈盛岡百景〉15 太田橋からの岩手山と駒ヶ岳

     
  太田橋から早春の雫石川上流と岩手山を眺める。駒ケ岳は写っていない  
  太田橋から早春の雫石川上流と岩手山を眺める。駒ケ岳は写っていない  
  秀峰岩手山を望む風景は盛岡百景に数多く選ばれている。橋上からの風景は夕顔瀬橋と開運橋も選定されているが、太田橋から見る岩手山が前2者よりも小さい印象に見えるのはなぜだろう。

  開運橋や夕顔瀬橋の付近は川沿いに高いビルが並んで建ち、岩手山はビルの間に見ざるを得ない。雫石川の太田橋上流の川沿いは高いビルが建つこともなく、川も堤防までの幅が広いことから広がりのある風景なことが、そんな印象を与えるのではないだろうか。河川敷には野球場などが整備されているが、雑木林も多く野趣を多くとどめている。

  岩手山から右に目を転じれば、秋田駒ケ岳へと通じる山並みを見渡せる。スケール感のある風景はこれからも残ってほしいものだ。

  現在の太田橋は延長493b、両側歩道付きの4車線。1986年、全面開通した。ここの交通は藩政時代の沢田の渡しが始まり。渡し守りの家に生まれた井上喜太郎(1882〜1952)は架橋の必要性を痛感。井上らの求めた援助に対し1911年、工兵第8大隊の演習架橋したのが沢田橋だった。

  喜太郎は父金蔵とこの木橋を維持管理。流水部だけに架けた木橋の一部が流されるたびに私財を投じて補修していた。県事業で鉄筋コンクリートの太田橋が架かったのは33年のこと。下太田側の橋たもとに70年、地域有志により喜太郎の胸像が建立された。

  橋の付近は、江戸時代、沢田夕照や沢田落雁として盛岡八景に挙げられた地。現橋の親柱は沢田夕照がデザインされている。(井上忠晴記者)

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