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満開に桜が咲く大角家の前で急峻な鐙越を説明する田村由郎さん(中央) |
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義経伝説バスツアー(紫波町主催)が4月29、30日に開かれ、町民らが赤沢地区に残る義経伝説にまつわる史跡などを訪ねて回った。当初は4月29日だけの予定だったが、定員を大幅に上回る申し込みがあり、急きょ2日に分けて開催された。それでも受け入れ可能数を超える人数になるほどの人気。余り知られてこなかった町の義経伝説だが、義経神社ではお札が足りなくなった。急きょ設置された農家の産直販売も用意された山菜が10分ほどで完売になった。観光コースとしてこれから脚光を浴びることになりそうだ。
バスツアーに参加したのは、ガイド、町職員を含めて2日間で延べ70人の町民が参加。町民を対象としたツアーにしたのは、町外で広くPRしてもらい観光バスのルートとして定着を図ろうというのが狙い。
巡ったのは義経の子孫と伝えられている大角家、同家の敷地内にある判官神社(別名義経神社)、義経が騎馬練習をした鐙越(あぶみこし)、弓の練習をした矢島、義経が滞在したと言われる蓮華寺の跡と関係のある白山神社、騎馬練習をした山屋峠など。
ガイドは赤沢地区の田村由郎さん、日詰地区の内城弘隆さん、古館地区の久慈和子さんの3人が務めた。
高台にある大角家敷地内の満開の桜の前で鐙越と矢島の説明が行われた。鐙越について田村さんと内城さんは鵯越の写真と比較して見せて非常に類似していることを指摘。義経が戦場で使ったと思われる南部馬の特徴を紹介した。
馬や弓の練習をした義経が休憩に立ち寄った際、大角家の娘と恋仲となって1児をもうけた。現在の大角家はその子孫と言われていると話した。義経伝説を本紙に掲載した遠山英志さんの小説の一部を読んで紹介した。
判官神社は大角家の裏山を100メートルほど上がった場所に建立されている。参道沿いは紫色のカタクリの花で一杯になっていた。神社で当主の大角セツさんが一行を歓迎。本紙の新年号で掲載した義経像を彫ったと言われるご神体の写真、取材の様子などを田村さんが説明した。大角さんが判官神社に関係する行事などを紹介し、用意していた弓矢の絵柄のお札はたちまち売り切れていた。
続いて義経が大角家に立ち寄った際に飲んだと言われるわき水に移動した。清涼で暑い夏でも手がかじかむほど冷たいという。
蓮華寺跡を見たあと、舟久保洞窟を見学した。山屋峠集落のミズバショウ自生地に移動、奥州藤原氏の時代から周囲100ヘクタールに軍用馬の放牧場が置かれていたこと、数キロ先の弁当場と言われる場所が、義経が馬の練習をしていた場所であることなどが紹介された。
ツアーに参加した赤石地区の佐々木絹江さんは「盛岡タイムスの新年号で見て興味が持ち参加しました。直接見ることで今まで見過ごしてきたことが意義あるものに見えてきました。他の人にも教えていきたいと思いましたし、一つの家で何百年も神社を守っている大角さんも素晴らしいですね」とツアーを楽しんでいた。
古館地区から参加した大川百合子さんは「義経ってスター性のある人だと思いました。わたしは赤沢地区の出身で伝説のことは知っていました。春の素晴らしい時期に案内してもらい幸せですよ」と話していた。
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