■ 〈野村胡堂の父からの手紙〉5 八重嶋勲 内国生命保険の掛け金を納めること
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6はがき 明治32年6月27日付
宛 盛岡市内四ツ家町角猪川静雄方
発 紫波郡彦部村
前略 明日午後送金候ニ付右様了知可致其際内国生命保険掛金弐円八十銭送金可致旨呉服町小野慶蔵店ヘ可相渡候余は後便ヘ申残候
六月廿七日 野村長四郎
【解説】「明日午後送金するので知っておくように。ついてはその際に内国生命保険の掛け金2円80銭を呉服町の小野慶蔵店に納めるようにすること。その他は次の便に申し残す」という内容。
小野慶蔵は、盛岡出身の経済人。盛岡小野組の一員芳野屋の当主で質屋業。明治23年第九十国立銀行取締就任。筆頭株主でありながら旧岩手銀行を設立、頭取に就任して預貸金とも第九十銀行をしのぐまでに成長させた。当時の盛岡市経済界の風雲児。内国生命保険の代理店業などもやっていたのであろう。
7巻紙 明治32年6月28日付
宛 盛岡市四ツ家町角猪川静雄方止宿
発 紫波郡彦部村大巻
生命保険料ハ小野慶蔵店ニ至リ紫波
郡野村長四郎分ト言ヘハ誰ニテモ支
(払)込ム事出来ル必ラス無行(効)
可相渡候
前略 金七円五十銭差送リ候付四円五十銭余五月分食料小遣弐円八十余内國生命保険料卅一年十一月呉服町小野慶蔵方ヘ紫波郡野村長四郎分トシテ可相渡(手前カラ持参スル書類ハ何ニモ不用ナリ)受取証ヲトリ仕舞置ヘク候。尤モ当月中ニ掛ケサル時ハ是迄掛ケタルモノハ無効ニ相成筈ニ付間違ナキ様可相渡候。余ハ其内出盛面會ト申残ス早ゝ
六月廿八日 野村長四郎
長一殿
【解説】前文「生命保険料は、小野慶蔵店に行き紫波郡野村長四郎の分と言えば誰でも受け取ってくれるので必ず納めるように」。
本文「前略7円50銭送ったので、4円50銭余りは5月分の食費、小遣銭。2円80銭余は内国生命保険料31年11月、呉服町小野慶蔵店へ紫波郡野村長四郎分として納めること。(こちらから持ってゆく書類は何もない)受取証を取りしまっておくように。当月中に納めなければこれまでかけた分が無効になってしまうので間違いなく納めるようにすること。後はそのうちに盛岡に出たときに話し合おう」。
前年11月に納めるべきものだったのであろうか。最終期限ぎりぎりなので必ず納めるようにと、念を入れた文面である。 |
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