2005年 5月 8日 (日) 

       

■ 〈野村胡堂の父からの手紙〉6 八重嶋勲 県立岩手中学の不評判を心配

5の2 巻紙 明治32年5月30日付

  宛 盛岡市内四ツ家町角猪川静雄方
   発 紫波郡彦部村

前略五月分六月分小遣金トシテ金壱円幸便ニ諾(託)シ送リ候、其他夏衣単衣靴等ハ来週日曜日ニ帰宅持参可致候、尤モ在合モノ洗濯致置候得共夏服ノ如キ袴ノ如キ到底用ユル事ニ不置ルモノゝ昨今相見得候、靴ハ相物弐足(十一文半)相求メ置キ候、旁ニ相談シ都合モ有之ニ付可相成旅費ヲ不費用ニシテ帰宅可致候、夫共帰宅スル不能次第モ有之候ハゝ六月ノ四日五日頃ニ出盛可致其際持参スル事ト致置候

来ル六月一日田植ニ有之候為メニ三十一日ノ出盛ヲ二三日見合セル事ニセリ、老祖母祖母等毎日ノ如ク待居候ニ付可相成六月五日土曜日ニハ帰宅スベシ

毎度乍縣立岩手中学ノ不評判ニハ甚夕心配致居候、免ニ角高等中学ニ入学要用ト認ムルモノハ豫メ非常勉強可致候、或ル人ハ四三年生ニテ来ル七月二日高等中学ヘ入学セシムル方可然ト云モノアリ尤モ優等ノ位置ヲ占メ居ルモノハ好結果ヲ得ル哉ノ事モ聞及ヒタルニ付其辺思料不致候、此場合豫而猪川先生ニモ咄合致置タル筈差傅トヤラ教授セラルゝ様ニ可致候

次ニ升屋ノ吉治猪川塾ヲ脱セシ理由如何ナル次第ナルカ或ハ塾生等ノ乱募(暴)ナルヲサケタルニ非ラスヤ又他ニ目的アルモノトセシモ甚タ父兄ハ不服ノ様ニ見受候、就テハ手前ニ出盛之砌リ直接ニ説諭ヲ加ヘ猪川塾ニ取戻シ方依頼受居候其辺同人就キ豫而探リ置候様可致候

帰村ノ際ハ下駄ヲ買求穿ツベシ可成不用ノ品ハ持参スヘシ餘リアル時ハ近日出盛之際手前持参スルヘクニ付手荷物トシテ持ウル丈持参可致候、余ハ万々面會ト申残ス

  五月三十日         野村
    長一殿
 
  【解説】「5月、6月分の小遣銭1円を盛岡へ行く人(幸便)に託した。その他の夏の着物、単衣、靴等は来週日曜日に帰宅して持っていくように。もっとも、ある物は洗濯しておいたが使える物かどうかだ。靴は十一文半の夏用を2足買っておいた。相談したいことがあるので旅費を使わないようにして帰宅すること。もし帰宅できないときには6月4、5日頃に出盛(盛岡に出ること)するので、その際に持参することとする。6月1日は田植えなので5月31日出盛予定を2、3日見合わせることにした。曾祖母、祖母等家族は毎日のように長一の帰りを待っているので6月5日土曜日には帰宅のこと。毎度のことであるが県立岩手中学校(後の盛岡中学校)の不評判には甚だ心配している。高等学校入学を目指す者は非常な勉強をすることだ。ある人は4、3年生で来る7月2日の高等中学へ入学させる方がよいと言っている。もっとも成績優等の者が好結果を得るように聞いているのでよく考えるようにすること。この場合かねて猪川静雄先生にも話しておいたが予備学習の教授をしていただくようにすること。次に升屋の吉治が猪川塾を出た理由は何か。もしかして塾生の乱暴(いじめ)によるのではないのか。また他の理由があるにしても父兄は甚だ不服のように見受けられた。そして私に出盛のときに直接本人に説き諭して猪川塾に戻れるようにしてほしいと頼まれているので、その辺あらかじめ本人に聞いておいてほしい。帰るときには下駄を買ってはいてくるように、不用な物は手荷物として持参すること。余った物は出盛の時に持って帰る。あとはすべて面会の時に申し残す」
  という内容。いつもながらの小遣銭のこと、着衣類のことをこまごまと記している。

  家族も心待ちにしているし、相談したいことがあるので帰宅せよ、と言いながら旅費の節約すなわち歩いて帰るように指示している。県立岩手中学校の不評判を心配すると共に上級学校を目指す者は気を引き締めて勉強に励まなければならない。ついては猪川静雄先生から予備学習を受けるようにすること、などと叱咤(しった)激励をしている。

  升屋の吉治が猪川塾を出たのはいじめではないのか、父兄から頼まれているので出盛の折り本人に会って塾に戻るよう説得したい。などと周囲のことにも気を配っている父長四郎である。


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