■ 〈盛岡ことば入門〉243 黒澤勉 「おほ、つぐるのす」
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−おほ、つぐるのぁ、夏ぁすっぱぐなって、んまぐながんすども(おいしくないけれど)、冬ぁ、いあんべに(良い具合に)わいで(湧いて―醗酵して)んまぐなりあんした。
わらしぁど(子供達は)飲むなよって、そわれあんしたが、おらぁぺこ(少し)、飲んだりしあんした。今でもさげっこ、すぎであんす。
法律で禁止されであんしたがら、税務署がら、さげあらだめぁ(酒改めが)まわってきあんしたった。
ばぐろーぁ、口ぁ、達者なもんで、さげあらだめぁくれば、「へって(入って)見らっしぇ(見なさい)、へって見らっしぇ。見るだら(見るなら)、見らっしぇ、ねーがら(ないから)。もし、ねづぎぁ(ない時は)おめだぢ、ひとのえさへって(他人の家に入った時は)、なんてしゃべるの。それよか(それより)ひぼどさ(いろりに)あだって、おぢゃっこでものんでいがっしぇ(お茶でも飲んでいきなさい)。そんなにしぇであるったって(急いで歩いても)わがねんだ(だめですよ)」なんて、そって、中さへれで(入れて)話っこして、その間にわらしっこ、たのんで隣近所さふれであるぎあんした(連絡してあるきました)。
ふれもらうど(連絡を受けると)便所の「きっつ」(コンクリートでできた大きな便つぼ。家の中では夜「しょーべんたが」といわれるおけのようなものを使い、「しょうべんたが」から、この「きっつ」に移した)さ、どぶろぐ捨てあんした(棄てました)。
んでも、さげあらだめぁ、隣のえ(家)さば行がねづぎ(時)もあって、そんたなづぎぁ「早まって、おへで(教えて)もったいねごどした」って笑いながら悔しがったもんであんす。
三ツ家に駐在所ぁ、あって、たいした酒好きのおまわりさんぁ、いあんしたった。夜九時、十時ごろ「こしぇでらがー(造っているか)」って聞いであるって(歩いて)飲んであんした。
おらぁ、巡査の子供の使ったスキーど、ばくって(交換して)もらったごどもがんす。近所のわらすに「おめほでぁ巡査ど仲よぐしてら。何がわりいごどしてらのが(悪いことしているのか)」って、そわれだごどもありあんす。びんぼーだったども、のん気な時代であんした。
どぶろぐつぐるのぁ、板戸を立てて、昼でもこっくれ(薄暗い)どごで、三十五Wの電気つけで、角巻だの、布団かぶせて造ったもんであんす。
どぶろぐ造るおばあさんがら、ビンさへった、種ッコ(イースト菌)もらって、うる米ふかして、人肌に冷まして麹(こうじ)えれでかきまぜてつぐりあんした。あ、こんたなごど、そったがらって(言ったからといって)、つぐねでくなんしぇ。法律違反でがんすよ−
お話を伺っていて「おほ」という言葉の誕生した背景がよく分かりました。「おほ」というのは、鳥のフクロウのことです。鳥のフクロウのように、暗いところでひそかに造る、その造られたものが「おほ」というわけで、見事な命名に感心させられます。
ちなみに鳥の名の「おほ」は、その鳴き声からフクロウにつけられた名前です。「日本国語大辞典」には「フクロウの住む木の下にあるということから」密造の濁り酒をいうようになったとあります。しかし、フクロウのように、闇の中で、隠れて造られたから、というべきでしょう。
ある方のお話によると、転居したところがかつて朝鮮人が住んでいたところで、その地下室にひそかにおほを飲ませていた跡があった、土方たちが集まって酒盛りをした跡の、かき氷をいれる容器が散乱していて、それで飲んだらしいということでした。
「わげぇころ、なんもかんもさげぁ、すぎだった」という佐々木長吉さんも、朝鮮人の店でおほが密売されていた、天井から袋がぶら下がっていて、それが酒のにおいを消すためのものだった、と語っています。
お酒の味は「からい」とか「あまい」と表現されます。盛岡弁では「かれぇ」「あめぇ」です。「このさげぁ、かれぇな」とか「かれぇさげだ」などと言います。ただし、酒の味を「かれぇ」と言うのは盛岡でも町方の人で、佐々木長吉さんや工藤耐子さんの話、私の記憶などからして「つえぇ(強い)さげっこだ」「きづー(きつい)さげだな」とは言っても「かれぇさげだ」とは言わなかったように思われます。 (岩手医大教養部教授) |
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