雫石スキー場に向かう主要道雫石環状線沿いに現在休業中のホテル雫石が建っている。そこから5分ほど山道をたどっていくとうっそうとした木立の中に通称「雫石たんたん」と呼ばれる雫石神社が姿を現す。その境内の一隅に「月夜見大杉」と名付けられた樹齢千年以上という杉の古木がそびえている。
杉の根元からは清水がわき出ていて、伝承によるとこの清水が岩に滴って「タンタン」という妙音を発していたことから水神である「月夜見命」や「豊秋津彦命」などと合祀(ごうし)して「滴石大明神」別名「しずくいしたんたん」となったという。
この「しずくいしたんたん」が現在の町名「雫石」の由来だとされているが、ただ「雫石」という名称は全国でもほとんど見当たらない珍しい地名でもあり、そのいわれにはいろいろな見解がある。「たんたん」の伝説のほかに葛根田川に見られるように川の岩石の多さから「沈む石」の転訛(てんか)ではないかとか、アイヌ語や鉱石に関係する名前ではないかという見方もある。
また、中世にはこの地域を「滴石氏」が支配していたという記録もあって地名と姓氏の前後関係にも錯綜(さくそう)がみられ、結局その淵源についてはどれももっともなようだが、よく分からないというのが結論のようだ。
ところで、この「たんたん」だが、実際に杉の根元に耳をよせて聞いてみると、確かに水の滴る音は聞こえないでもないけれども、歴史的な地名になるような音の余韻や反響にはいささか届かないような感じがしないでもない。
その代わりなのかどうか分からないが、この杉から少し離れたところに「滴石泉」という手水場(ちょうずば)があり、手水鉢と思われるものが設けられている。これはどうやら「水琴窟」ではないかと察して、柄杓(ひしゃく)で水を流して耳を澄ましてみると、かすかに金属音のような音がするような気もするがどうもはっきりしない。町の役場に問い合わせたら、地元の人たちが10年以上前に何か工事をしたようだが水琴窟だったかどうか分からないという。
「水琴窟」は江戸時代に庭師が考案したものとされて、数寄屋(茶屋)に付随した庭造りのかたちの一種として全国に広まったといわれている。名称の正しい由来は不明だが、手水鉢や蹲(つくばい)の周囲の地下に甕(かめ)を埋めて洞窟をつくり、流した水が水滴となって地下で共鳴音を響かせ、それがあたかも琴の音のように聞こえてくるので、「水琴窟」と呼ばれているようだ。
わが国には古来から風流として梵鐘(ぼんしょう)の音、松風の音、風鈴の音など、音が本来持っている反響や余韻を鑑賞して楽しむ風習があり、水琴窟も庭での雅(みやび)な水滴の音を楽しむ仕掛けだといえよう。明治時代には大いに隆盛したようだが、今では衰退の方向にあるという。本県には、江刺市稲瀬の県立緑化センターの中に本格的な「水琴窟」が作られている。郷土樹木園の一郭にあずま屋のそばに手水場として設けられているが、ここでは手水鉢から水を流すと確かに優美な琴の音が聞こえてくる。
このほかにも県内に「水琴窟」があるかどうかは寡聞にして知らないが、他県では東京の品川歴史館や近代文学博物館、横浜の横浜公園の水琴窟が有名であり、足利市の本経寺の水琴窟は余情豊かだといわれている。
いずれ水琴窟は、いわば人工的に数奇を凝らすものだと言えるが、「雫石たんたん」はまさに自然の風雅、風趣そのものであり、そのシークレット・サウンドはきちんと保存していかなければならないと思う。(盛岡市つつじが丘)
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