■ 〈盛岡ことば入門〉246 黒澤勉 岩崎タケさんを訪ねて
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脱線余話 岩崎タケさんを訪ねて(つづき)
○おめさんも、おじいさんに叱らえだおんな。むがしのとしょりぁ、たんきで、きかねがったなー。
昔の嫁は、家に嫁し、男である主人、義父に仕えることが求められました。家長制度に支えられていた戦前は、男性の地位が高く、一家の長として威張っているおじいさんも多かったようです。その分つらい思いをしたのはお嫁さんです。
○あのおなご、なんぼしゃべっても、たんぱてぇしだ。
以下は大黒様の方言ノートの言葉から。「たんぱ」とは唾(つば)のこと、「てぇし」は「たやし(絶やし)」のなまり。「たんぱてぇしだ」というのは、唾を無駄に使うだけだ−つまり、話しても無駄だということです。「じぇにてぇし」というと、お金の無駄使いということです。「てぇし」はこのように、いろいろな名詞について、それを無駄にすることを言います。
○そごのどご、あぶねだはんと、たもづいでろ。
「はんと」は「はんて」とも言い、「〜だから」という意味。「あぶねだはんと」は危ないからということ、「たもづぐ」は、しっかりつかまるということです。
○おめぇの、みどごまわりあ、いっぺあるな。
「みどご」は「み(身)」のところ、つまり肉のことで「魚のみどごぁいっぺあって(身がいっぱいついていて)いがったなあ」などとも言いました。
○はしぇでも(走っても)、はしぇでも、すぺこでかわいそだ。
「すぺこ」は一番ビリという意味で、「すっぱりこ」というと末っ子です。
○すとんけ、やまいも、さづまいも。
子供の時の悪口言葉。「すとんけ」は「のっけなし」とも言い、ばかということですが、その下にどうして「やまいも」「さづまいも」と続けるのかよく分かりません。「あいづぁ、いもだ」などというと、田舎者だ、ということになります。米がとれない地域では、イモが主食となりましたから、山イモやサツマイモしか食べられないという人ということで差別語となったものかもしれません。
○在郷の人ぁ、「ちょっとぎま、まってらっしぇ(待って下さい)」って、そうども(言うけれど)、町の人ぁ、「おまぢぇってくなんしぇ」だの「ちょっとぎま、おまぢぇんしぇ」だの「まってでや」とそってあんした。町の人だが、在郷の人だが、すぐわがったもんでがんす。
これも在郷の人の言葉と町方の言葉との違いの例です。今や町も在郷も区別がなくなりつつあります。
○からす(烏)、からす、な(お前)行ぐ道さ、おんど(御堂)が立って、行がれねほどに(行かれないから)ばーほさ(婆さんの所に)行って、あづぎまんま(赤飯)食べで がーがーって飛んでげ(飛んで行け)。
○からす、かあかあど、田のくろ渡る、おらも、え(家)さ行って、ば(婆さん)のつっつ飲むべ お寺の和尚さん 鐘はだく(打つ)おらも、えさ行って鍋のけっつはだぐ。
二つとも子供の時に歌った童歌、笑わせ歌で、こんな素朴な歌を歌って、笑っていたようです。80年も昔、歌った童歌が記憶の底に沈んでいて、それをすくい上げて歌ってくれました。それを聞いてくれる人がいるというのはささやかな喜びであったようです。
お邪魔すること約3時間。帰りにウコギとクルミ、みそ漬けの大根を細かくした食物―盛岡の郷土料理で「ほろほろ」というようです−をお土産にちょうだいして取材を終えたことでした。(岩手医大教養部教授)
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