■ 〈盛岡ことば入門〉247 黒澤勉 あべっこ、なんただえ
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一七四、味さまざま−あんべ・あべっこ・すっぺ・すっけ・にげぇ・にがぱし
盛岡弁で味を尋ねるときに「あずぁ(味は)なんちょだえ」「あずっこ(味を)みる」のように「あず」「あずっこ」を使って聞く場合と、「あんべ」とか「あべっこ」を使って聞く場合があります。
この「あんべ」(はっきりと「あんべ」と三拍で発音されたり、「ん」が軽くほとんど消えかかって軽く「あんべ」と二拍で発音されたりします)は、共通語でいうと「あんばい」です。
「あんばい」は、もともと塩味(しょっぱい)と梅の味(すっぱい)で、食物の味加減を調えるというので、もともと「塩梅」−「えんばい」と言っていました。『日葡辞書』という日本イエズス会が刊行した日本語−ポルトガル語の辞書には、ちゃんと「エンバイヨイショクジャ」(味加減のよい食だ)と出ています。
その「えんばい」が漢語の「安排」「按配」(程よく配列する)の「あんばい」と混同されて「あんばい」になった、とされています。
なるほど「えんばい」と「あんばい」、発音は似ています。だからといって「えんばい」が正しいのに、「あんばい」になってしまうのはおかしい、正義感(?)の強い人は、そういって抗議したくなるかもしれません。しかし、言葉というものは、多くの人が使うとそれが正しい、ということになってしまいます。今ではだれも「えんばい」などという人はいません。
「えんばい」が「あんばい」になったのは、古く(室町時代といわれています)、「それがしは、水うりのあんばいじょうずにて候」(御伽草子(おとぎぞうし)『鼠(ねずみ)の権頭(ごんのかみ)』)「醤油(しょうゆ)のあんばいしてにえ立つところへかの魚を入ければ」(咄本(はなしぼん)『軽口御前男』)などといった例もみられます。これらの例では「あんばい」という言葉が「味加減」という意味で使われていることがわかります。
盛岡弁でも味を尋ねるとき、この「あんばい」が欠かせません。その会話を聞いてみましょう。
@「おあがってくなんしぇ。(お上がり下さい)あべっこ、なんじょでござんす(味は、いかがですか)」
「んー、あまぐもねぇし(甘くもないし)、しょぺぐもねぇし(しょっぱくもないし)、ちょんど(丁度)いござんすよ」
「なんじょでござんす」は、目上の人に対する丁重な尋ね方で、相手の方も丁寧に答えています。「なんじょ」はもともと「なにぞ」で、それが「なんぞ」や「なんじょ」「なんちょ」などと変化していきました。
A「あべっこ、なんただえー(味はどうですか)。あべみ、してみで」
「んー、なんだが、どへんとして、けっぷりねぇな」
「〜えー」は対等な間柄で、親しみをこめて聞くとき便利な言葉です。例えば「いぐえー(行くだろう)」「そんだえー(そうだろう)」「やるえー(やるだろう)」などと言います。これはもともと推量の助動詞「べし」で「し」の発音が消えて「いぐべー」のようになり、さらに「べbe」の子音「b」が脱落して母音だけが残ったものだと思われます。「べし」という少し堅い、文語の動詞が、そのしっぽだけ残っている、というわけです。
「あべみ」は「あんばい」を見ること―味加減を見ることです。「あべみしてみるが」は、「味見してみるか」という言葉から、「ためしてみるか」という意味にもなりました。
「どへんとす」は、味が薄くて、はっきりしないことをいう言葉ですが、「あのしとぁ、どへんとしてら」というと、ぼんやりしている、という意味で、このように人柄を表すのにも使いました。共通語の「どんより」に似た擬態語です。「けっぷりね」は、やはり、味が薄いことをいう言葉で、大澤俊子さんや工藤耐子さんによると、味が変だというときに使うといいます。
それこそ変なことばだなぁ、と思って『日本国語大字典』で調べてみると「けぶらいない」とか「けぶりない」という言葉のなまりのようです。漢字をあてると「気振ない」で気配・そぶりもない、という意味です。それを味を表す言葉として使ったもので、元来は、変だというより、味がない、味が薄い、という意味だったのでしょう。
B「あべぁ、なんちょだ。かれるよんたが(食べられるようか)」
「あべぁ、わりぃな、これだば、かれね(食べられない)」
男同士の会話で、乱暴な口調です。盛岡弁では対等な、気を使わない相手に対しては、「食べる」でなく「くう」です。かね(食わない)・くいあんす(食います)・くう・くうづぎ(食う時)くっても(食っても)・け(食え)のように変化(活用)します。
人に食事を勧めるとき、「たべでおみれってくなんしぇ」おあげんせ」「あがってごじぇ」「くってみらしぇ」「かしぇ」子供に対しては「けでぁ」と言うなど相手が誰かによってさまざまな表現があります。
「かれる」は「食われる」の変化した語で、「かれね」は食べられない、ということです。「わりぃ」は「悪い」のなまりで「い」(良い)の反対です。 (岩手医大教養部教授)
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