■ 〈オークランドの旅人〜賢治と滝沢村〉140 岡澤敏男
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■童話「やまなし」より抜粋
そのとき、ドブン。
黒い円い大きなものが、天井から落ちてずうつとしづんで又上へのぼつて行きました。キラキラツと黄金のぶちがひかりました。
『かはせみだ』子供らの蟹は頚をすくめて言いました。お父さんの蟹は、遠めがねのやうな両方の眼をあらん限り延ばして、よくよく見てから言いました。『さうぢやない、あれはやまなしだ、流れて行くぞ、ついて行つて見よう、あゝいゝ匂ひだな』
なるほど、そこらの月あかりの水の中は、やまなしのいい匂ひでいつぱいでした。(中略)
間もなく水はサラサラ鳴り、天井の波はいよいよ青い焔をあげ、やまなしは横になつて木の枝にひつかかつてとまり、その上に月光の虹がもかもか集まりました。
『どうだ、やつぱりやまなしだよ、よく熟してゐる。いい匂ひだらう。』
『おいしさうだね、お父さん』
『待て待て、もう二日ばかり待つとね、こいつは下に沈んで来る、それからひとりでにおいしいお酒ができるから、さあ、もう帰つて寝よう、おいで』
(以下略)
■ヤマナシとイワナ
秋のオークランドは自然の恵みがいっぱい。クリ、ブドウ、キノコばかりでなくアケビやヤマナシなども岩手山ろくの雑木林にたわわに実っているのです。ヤマナシはコガともいわれ谷川のほとりの高い枝々にあって黄色く熟すと、落果して谷川を流れて行きました。
方言のコガはコーガ(グァ)とも言い、香果を意味するものでしょう。秋遅く、過熟した実のいい香りが山中にただようころ、谷川に落果したヤマナシをめぐって交わす童話「やまなし」のカニの親子の会話がかぷかぷと聞こえてくるようです。
この童話の谷川の場所を賢治は「小さな谷川の底を写した二枚の青い幻灯」とだけ伝えていますが、どうしてか鞍掛山のふもとを源流とする「グンダリ沢」がイメージされてきます。
この沢は焼切・高口山と盗森、黒坂森のはざまを蛇行し姥屋敷に達する谷川です。賢治は小岩井農場から鞍掛山へ向かうとき、このグンダリ沢を渡り沢に沿うて黒坂森・盗森のコースをたどって行きました。
源流が鞍掛山の伏流水だけに水質はすこぶる清澄で、現在は飲料用に給水されイワナ養殖に利用される「小さな谷川」なのです。
童話のなかでカワセミに捕獲された「銀のいろの腹をひるがへし」「鉄いろに変に底びかり」する魚は、たぶんイワナを指しているのでしょう。
姥屋敷から盗森の小道を急いで通るとき、足音に驚いたイワナがしっぽでバシャッと水面をたたくのを何度も耳にしたはずです。
この沢の上流から下流にかけて茂る広葉樹林にヤマナシやヤマザクラも混在し、たしかにヤマナシや桜の花びらが流れて行ったのです。幼いサワガニの兄弟に自然の神秘を交感させる「小さな谷川」としてイメージしたのは、きっと清澄な白い川底のグンダリ沢だったのでしょう。
秋になると、どうしてもキノコの情報が新聞をにぎやかにします。大正3年9月14日の岩手日報は、「山へ野へ、野へ山へ」の見出しをつけマツタケ・ハツタケ・シメジに関する記事を一段抜きで載せました。
岩手山のマツタケ、一本木、生出方面や鬼越山ろくの平野、柳沢付近のハツタケそして滝沢山のシメジをも紹介していますが、ホウキタケ(はぎぼたし)にはどうしてか触れていません。どうやら担当記者はこのキノコの「うんと出来るところ」が不明だったのでしょう。実際にこの場所をよく知るのは、童話「谷」に登場する馬番の理助だけでした。
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