早いもので今年も後半に入る。6月は晴天続きで畑がパサパサに乾いていたが、先日は久しぶりの雨だった。畑には待望の慈雨である。庭の木々も生き生きと緑をよみがえらせている。テレビが平年よりも15日遅れて梅雨に入ったと報じている。
水鉢に植えた姫睡蓮(すいれん)が咲き始めた。5センチほどの小さな淡紅の花が鮮やかだ。毎日、朝開いて夕方睡(ねむ)るように花を閉じるので睡蓮という名が付いたという。
7月、陰暦の異称は文月。七夕に詩や文を作りつるすゆえの呼び名とも、草木の実の熟すふくみ月との説もある。略して「ふづき」とも呼ぶ。2日は半夏至、7日は七夕で小暑、23日は大暑、28日は土用の丑(うし)である。
読者の皆さん、ウナギでも食べ英気を養って、この夏を元気で乗り越えていただきたいと思う。
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さて24日は河童(かっぱ)忌、作家芥川龍之介の忌日である。晩年の代表作に「河童」があり、また自らも好んで河童の絵を描いていたので河童忌という。明治25年3月1日、すなわち辰年の辰(たつ)月辰刻に生まれたので龍之介と名付けられた。
東京府立3中を経て第一高等学校に入学。同級に久米正雄、菊池寛、山本有三、土屋文明らがいた。東大英文科卒業。俳句は高浜虚子に師事、「澄江堂句集」がある。俳号の「我鬼(がき)」から我鬼忌ともいう。昭和2年、神経衰弱から薬物で自死した。享年35歳であった。
掲載の河童の絵は昭和29年岩波書店から刊行された「芥川龍之介全集」第2巻の表紙カバーのものである。
龍之介といえば小説「羅生門」「藪の中」「偸盗」(ちゅうとう)などが有名だ。
僕は去年の秋、京都の古寺巡りをしたが、東寺にほど近い羅城門の跡を訪ねた。花園児童公園の遊園地の一角に「羅城門遺址」と刻まれた石柱が1本立っているのみだった。その昔、朱雀(すざく)大路と九条通りの交差する位置のここに平安京の正門があったと夢にも思われなかった。
ここに正面10丈6尺(約32メートル)、奥行き2丈6尺(約8メートル)の二層の羅城門が棟の鴟尾(しび)を金色に輝かせながらそびえ立って平安京の正面を守っていたというのだ。僕はその夜「そのかみの都大路の夜の闇に立つ羅城門われの幻」の歌を作ったのだった。
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梅雨が明けるとまぶしい太陽の真夏がやってくる。大暑のころは太陽の黄経が120度に達して昼も夜も暑い。熱帯夜とか高温多湿で不快指数などが言葉に言い交わされる時期だ。子供たちにとっては楽しい夏休みも始まる。大いに遊び大いに勉強してたくましく育ってほしい。
乾坤の青截って滝落つるかな
宮慶一郎
わが書斎南部風鈴一つ吊る
小島草火
兜虫兜もつゆゑ戦へり
武内千賀詩
(北宴同人)
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