2005年 7月 5日 (火) 

       

■ 〈チャグチャグ馬コ日誌〉11 熊坂伸子 ボンペイ最後の日1

 就任後10日であの三陸南地震に遭遇しました。

  滝沢村は震度5弱って、冗談じゃない。マンション10階という初めての高層階暮らしをしていた私にとっては、震度7か8か、とにかく想像を絶する恐怖体験でした。

  夕方6時半近く、盛岡の友人からの電話を切った瞬間でした。何が起きたのか分からず、あまりの揺れに腰が抜けて、思ったのは、岩手山が噴火したのかも…ということ。

  あの有名なベズビオ火山の噴火で、一瞬にして町ごと埋まってしまったポンペイの悲劇が頭に浮かびます。アー、私何のために滝沢に来たんだろう。岩手山の噴火で、村ごと灰に埋まって、何年後かに発掘されるのかしらん。こうなる運命に導かれて、滝沢までやってきたんだ…

  揺れているわずかの間に、そんなことまで考えてしまいました。

  揺れがおさまって、携帯も通じない、腰も立たない。仕方がないのでその場にじっとしていました。30分近くそうしていたのでしょうか、電話が鳴りました。電話の近くで腰を抜かしていてよかった。総務部長からでした。

  「災害対策本部を立ち上げました。助役は副本部長なので、ズボンを履いて来てください」、「ズボン?」、「防災服の準備がまだなので、とりあえず…」。めったに履かないパンツスーツを引っ張り出して、がくがくするひざを押さえながら着替えました。

  エレベーターが動かない!(当然です)ひざが笑った状態で非常階段を転がるように下りていくと、各階で人がのぞき、どうかしましたか!と声をかけてくれます。「いいえ、役場に行ってきます」、「ごくろうさま」。

  役場につくと、職員がきびきびと動いて情報収集していました。さすがだなーと心底感心しながら、被害の小さいことを祈りました。幸い、人的被害もほとんど無く、午後9時過ぎに対策本部は解散となりました。アー、びっくりした。 (滝沢村前助役)
 











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