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アパ−トの廊下にある水道口。100年以上前の建物ゆえ、まだすべての住居に水道がなかったころの名残と思われる。今では工事人が手を洗ったり、アパートの管理人が掃除に使ったりする程度 |
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ある夜のこと、突然水道の水が出なくなった。練習を終えた10時半すぎ、ひとつお茶でもと思った矢先の出来事である。
故障かと思ったが洗面所とて同じこと、わが家の問題でもない。はて水道点検の張り紙でも見落としたかと、階下に見に行くが何もない。念のため廊下にある蛇口をひねってみるが、やはりうんともすんとも言わぬ。これは何かあったらしいが、この時間では隣人の戸をたたくわけにもいかず、とにかく引っ込んだ。
さてどうしよう。食事がまだであったが料理もできず、買い置きの菓子をつまみ、飲み残しのコ−ヒーを飲む。暑い日であるがシャワーも浴びれない。やかんに残っていた水を、あしたのことも考えてわずかに使い歯を磨き、仕方がないと寝ることにした。
翌朝、状況は変わらない。トイレの水も乏しくなっていることに気付き、私はそこでシミュレーションをした。きょうは朝から大変な日である。おまけに気の張る人と会う予定もある。しかし今はまだ待つしかない。8時を過ぎたらきっと情報が得られるだろう、と汗ばんだ体に気持ち悪さを覚えながらも、できる範囲で身支度を整えた。
隣人が戸を開けたのを聞きつけ早速問うと、アパートの水道パイプの衛生に問題が起こって、いつ水が使えるようになるか分からないと言う。
マインゴット!今週は大事な演奏会も控えているというのに。しかし、ここでいらいらしても始まらないのだぞと自分に言い聞かせ、居候させてくれそうな寛大な友の顔を何人か思い浮かべてみる。
アパートの中庭が何やら騒々しくなってきた。専門の人が来てあれこれやっていることがうかがえる。しかしそこはのんびりとしたウィーンのこと。かつて何度そののんびりにキリキリさせられたことか。今回も長丁場になることを覚悟しておいた方が身のためだ。
その時、戸を大きくノックする音がした。管理人が水が出るようになったと知らせに来たのである。戸口から頭を出しホッとして顔を見合わせる住人たち。ハレルヤの旋律が誰の口からか漏れる。
家に入り蛇口をひねる。流れる水に手を浸し、私はうれしさを感じた。幸せという言葉が頭に浮かんだ。それは単調な毎日のアクセントになるような、まばゆい心の体験であった。
便利さは良い。物事を速やかに進めてくれる。一方で便利さの追求が、ごう慢さを生んではいないだろうか。または考えずとも与えられることによって、感謝の気持ちや思考力の活動を逆にスポイルさせてしまってはいないだろうか。今回の水騒動は私にそれを再認識させた。
物事というのは、良いことが良いことだけでもないところに〜陰陽両面あるところに〜世の不可思議さを覚える。簡単に割り切れるものではないからこそ滋味があるのかもしれない。
(ピアニスト・ウィーン在住)
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