2005年 7月 6日 (水) 

       

■ 収容所の再現模型も シベリア抑留関係展示会始まる

     
  収容所217分所を再現した模型  
 
収容所217分所を再現した模型
 
  シベリア抑留関係展示会が5日、盛岡市の県公会堂で始まった。全国強制抑留者協会の主催で、県展示会実行委員会(田辺壮久委員長)が主体となって企画、準備した。同様の趣旨の展示会は全国的にも少ないという中で本県ではおととしに次いで開催にこぎつけた。10日まで。時間は午前10〜午後5時。

 会場は同協会の資料と岩手県関係として慰霊団が訪問した際のロシアの写真をパネル展示した部屋に分けられる。

  同協会の資料では抑留を経験し復員後、絵画制作の中で抑留生活の模様を表した絵画が多数展示されている。作者は奈良出身の故吉田勇さん。冬の森林伐採と運搬、建築作業など過酷な労働の数々、収容された中での労働から解放されたわずかな時間など、抑留者の当時の心境を伝えるよすがとなっている。

  第2次世界大戦後、旧満州にいた軍人、開拓団、義勇軍、看護婦ら約60万人が旧ソ連に強制連行され、各地に収容されたシベリア抑留。厳しい生活環境、食事事情、労働環境などから、6万人が祖国に帰ることかなわず酷寒の地で命を落とした。収容者を乗せた最後の船が日本に来たのは1959年9月だった。

  次々と収容所で亡くなっていく仲間。埋葬をするにも、凍り付いた土にはツルハシも役に立たず、わずかなくぼ地を見つけては遺体を横たえ、わずかな土と雪をかけ、弔ったという。吉田さんの絵には埋葬の様子を描いたものもある。

  ほかには同協会が制作した収容所の模型が展示されている。ゴーリキ近くのマブリンスク村にあった収容所の217分所で、記憶を頼りに再現した。約1千人が柵で囲った中に収容された。4隅には望楼が設けられ、出入り口は1カ所。宿舎、休養室、食堂、浴場などの建物が収められ、一帯を覆う雪が環境の厳しさを物語る。しかし、このような整備をされていないところが多かった。

  期間中は毎日午後2時から、抑留体験者が体験を語る。6日は田辺さん(盛岡市)、7〜8日は千葉義一さん(東山町)、9〜10日は藤川厳さん(盛岡市)が話をする。

  田辺さんは「慰霊碑が建っているのは19県、慰霊祭をやっているのは18県で、ほとんどこのような展示会をやっていない。シベリア抑留とはどういうものだったか、ロシア(旧ソ連)がどんな悪いことをしたのかを何とか知ってもらいたい。戦争を2度と起こさないよう訴えていきたい」と話している。











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