■ 〈盛岡ことば入門〉252 黒澤勉 あっつくてへらえね
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次に同じ触覚でも、液体―水やお湯の温感を表わす言葉をみてみましょう。
@「なんだ、このゆっこぁ、あっつくて、へらえねでぁ(入られないよ)。おらのごどば、かまゆでにすのが」 「あいややや、もすわげがんせん(申しわけありません)。わがしすぎだよでがんす。みずっこでわって、へってくなんしぇ。ごえもんさまになんねーでくなんしぇ。」
「あつい」−気温と同じく、お湯の場合も「あっつ」を使っています。漢字では気温の場合は「暑」、水温の場合は「熱」で区別しています。片や「日」による、片や「焦」「燃」と同じ連火が下について、火による熱であることを示していますから、なるほど合理的な区別です。しかし、大和言葉としてはどちらも「あつい」、盛岡弁で「あっつ」です。(促音の入った方が、いかにもあつそうだから不思議です)
A「このみずぁ、ぬるじゃー。なして(どうして)こんたなどごさ、みず、おいだのよ」
「ひなだみずしておげば(日向に水を置くと)、ぬるけぐなってるんだし、せんたぐするにもいどもって(いいと思って)そごさおいだんだ」
「ひなたみず」も、お風呂にもなかなか入れず、洗濯のお湯も思うように沸かせなかった貧しい時代の生活の知恵でした。
共通語の「ぬるい」は盛岡弁では「ぬる」とか「ぬるー」となまります。「nurui」の二重母音「ui」のiが消えたり、長音化したりするためです。
古語の「ぬるこい」は盛岡弁の「ぬるけ」という形で残っています。「こい」はもともと「濃い」が接尾語化したもので、「しゃっこい」「あぶらっこい」「まるっこい」「にやっこい」などとさまざまな形容詞を作ります。
「ぬるい」は現在では「なまぬるい風が吹いてきた」のように使うこともありますが、一般には水の「微温」を表わす言葉として使われています。古くは水温、気温ともに使っていましたが、「あたたかい」が気温を表わす言葉として使われるようになるにつれ、「ぬるい」は主として水温の、なまぬるさを表わすようになっています。
B「すんつこ(清水)さ、いって、みずくんでこー」(畠仕事で父が子に言いつける)
(子供がもってきた水を飲みながら)「あーしゃっけ(冷たい)みずだ。んめぇ(うまい)、んめぇ」
「冷たい」というのは盛岡弁では使わず、「しゃっこい」とか「しゃっけ」などとと言います。(「あーつめたい」などと言ったら、ずいぶん、気取った物言いだと思うでしょう。)在の方では「はっけ」となります。「ああ、はっけ、はっけ」などと言ったら、間違いなく在の人です。
「しゃっこい」「しゃけー」は、もともと「ひやこい」で「ひやっこい」を経て「しゃっこい」となったものです。「ひやす」とか「ひやかす」あるいは「ひえる」という言葉でわかるように「ひや」「ひえ」は、冷たくする、冷たくなることです。「ひ」が「しゃ」に、ということは、声門音から歯茎音へと舌の位置が前の方にずれてきたということです。
次に、痛み、痒(かゆ)み、くすぐったい、などという感覚を取り上げてみましょう。
@「あーいで、いで、でんび(額)ぶっつけで、なんもかんも(何もかも)いででぁ(痛いよ)」
共通語の「いたいitai」は盛岡弁で「いでide」とか「いでー」と言います。
A「あー、かゆ、かゆ。のみにかれで(くわれて)、せながかゆー」
共通語の「かゆいkayui」は「かゆkayu」とか「かいkai」と言います。いずれも二重母音が単母音になるためです。
「しと(人)のいだけは、さんねんもこでえる」という盛岡弁のことわざがあります。他人の感じている痛さとか、痒さは、3年でも(いくらでも)辛抱できる、ということです。「いだけ」は「いたみ、かゆみ」という意味で、何と半分の三拍になっています。
B「あー、こちょがって、こちょがって。こちょがすのぁ、やめでけで(やめてちょうだい)」
「こちょがって」は、くすぐったい、「こちょがす」はくすぐることです。
わたしたち、人間の皮膚は、毛皮に覆われておらず、デリケートな肌がむき出しになっています。それだけに温度に敏感で、暑かったり、寒かったり、くすぐたがったり、痛がったり、かゆがったりしています。それは単に皮膚感覚だけの問題でなく、精神的にもきめ細かでデリケートな心を育くむ一助となっているのでしょう。 (岩手医大教養部教授)
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