■文語詩〔遠く琥珀のいろなして〕
遠く琥珀のいろなして、
春べと見えしこの原は、
枯草(くさ)をひたして雪げ水、
さゞめきしげく奔るなり。
峯には青き雪けむり、
裾は柏の赤ばやし、
雪げの水はきらめきて、
たゞひたすらにまろぶなり。
■本稿の下書稿(三)
遠く枯草かゞやきて
春べと見えしこの原は
泉をまがふ雪げ水
たゞさゞめきて奔るなり
峯には青き雪けむり
天はひそまる瑠璃の椀
白樺たてるこの原の
あやしき沼をなせりけり
■春子谷地が大貯水池に
前にとりあげた〔かれ草の雪とけたれば〕と今回の〔遠く琥珀(こはく)のいろなして〕は、どちらも岩手山のすそ野の早春風景の文語詩です。文語詩は青春時代に山野を歩きまわって書いた短歌や詩や童話を、病床で読み返し発想された晩年の心境と思われます。
年譜によれば逝去する一カ月前の昭和8年8月15日に「文語詩稿五十篇」、22日に「文語詩稿一百篇」を推敲(すいこう)清書したといわれます。両詩編はその「一百篇」にみられる作品です。
〔かれ草の雪とけたれば〕には農村が嫌う「濁酒をさぐる税務吏」、「兄弟の馬喰(ばくろう)」、「陰気の狼」とあだ名される「三百代言」という三悪党が一本木集落?に向かっている設定で、未然の緊張感におどります。だが雪解けのすそ野の「ゆめのごと」き早春に、三悪党は「みな恍惚(こうこつ)」となってしまうのです。
同じ「文語詩稿」にある〔遠く琥珀のいろなして〕もまた早春のすそ野風景ですが、季節は前の詩編よりやや早く「雪げ水」が枯れた草原を「さゞめきしげく奔(はし)る」光景を描いています。
この詩の下書稿(三)をみると、「さゞめきて奔る」雪げ水の源流は「泉をまがふ」「あやしき沼」にあるらしい。この沼とはおそらく「春子谷地」を指しているのでしょう。
この雪げ水はあんまり清らかなので、伏流水となり、やがて三つ森山に行くだろうと下書稿(一)で幻想しています。これらの下書稿を重ねて見直すと、この詩は茄子焼山のふもとから春子谷地を見下ろす地点に立って発想しているものと思われます。この光景は大正期のことで鞍掛山ろくから春子谷地に流れて行く早春の雪げ水がどんなに豊かだったのか思い知らされる詩編です。「岩手日報」にそれを裏付ける記事があります。
大正5年7月10日「岩手山麓の大貯水池」の大見出しで載ったもので、5千町歩にわたる滝沢御料地の中の茄子焼山、焼切山、鞍掛山に囲まれた窪地に周囲約3里の一大貯水池を造成し、約20町歩の水田を開発するという計画です。
この窪地とは春子谷地とその周辺のことでしょう。この窪地に流入する水源が豊かにあったから立案されたので、立案したのは帝室林野管理局でした。しかし実現をみないで終ったものらしい。もしも実現していれば、この〔遠く琥珀のいろなして〕の詩は、どんな内容になっていたのでしょうか。
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