2005年 8月 12日 (金) 

       

■ 〈フランス見たまま〉275 小野吉郎 パリ商品取引所

 パリの都心に空飛ぶ円盤が着陸したのか。それも100年以上前のこと。その割に近年まで一般のパリジャンも外国人観光客の注意をひかなかった。ガイドブックも説明不足だった。

  実はパリの中央市場の郊外ルンジスヘの移転後、旧市場の鉄骨の屋根は無残に撤去された。その上、かつて市場の人々が住んでいた古い住宅も崩壊寸前だったので、これも撤去されてしまった。その跡地は公園になり、円盤形の建造物が景観上に現れた。反対方向にはサント・ウスタシュという古い教会もある。

  それと対照的に新たな名所がパリにもう一つ増えた。今まで古い建物に包まれていたから多くの人々が気づかなかっただけだった。

  ブールスの由来
  株式や商品取引所のことを「ブールス」とフランス語でもドイツ語でもそういう。そのいわれたるや、中世のころの現在ならベルギーのブルジュ市にさかのぼる。バン・デル・ブールスという豪商がいて、広い邸宅を商品の取引に利用させていたからそういう名前が受け継がれたのだ。

  ついでながら銀行を「バンク」というのは、中世のイタリア語で「バンコ」というベンチが取引のカウンターとして金融取引に使われたので、後に英語、フランス語、ドイツ語で「バンク」とは銀行になってしまった。イタリア語では今日でも銀行を「バンコ」と言う。

  フランスは小麦、日本は米が主だった

  フランスの商品取引所は、日本の江戸時代の米を取引した江戸の蔵前、大阪の堂島に相当する。違う点は、フランスでは小麦が主要商品でパンの原料にするための必需品だった。しかし現代のフランス人のパンの消費量は100年前のなんと5分の1にすぎない。

  商品取引所は本来中央市場の一角にあって、手狭だったので、1754年に新たに建設された。直径68メートルの円形の建物、中庭には40メートルの直径で、1階の周囲には28の円柱で囲まれていた。1782年には直径40メートルの木造の丸屋根が追加された。ところが1802年に焼失し、1811年に再建された。さらに1854年にまた焼失した。そこでブロンデルという建築家によって、現在の空飛ぶ円盤のようなドームのある不燃建築に建て替えられた。

  パリ取引所の特長
  パリにはニューヨークやロンドンと違い、商品取引所は一つしかない。扱う商品としてはココア豆、コーヒー豆、砂糖が食品の中心。このほか銅、錫(すず)、亜鉛、アルミ、銀、プラチナ、ニッケルなどの各種金属。

  ルアーブルの取引所では主として世界各地から来るコーヒー豆、北仏ではジャガイモが中心。


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