2005年 8月 14日 (日) 

       

■ 〈賢治の歌〉131 望月善次 わが小さき詩となり

 わが小さき詩となり消えよなつかし
  きされどかなしきまぼろしの虹
 
  〔現代語訳〕「私の小さい詩」となって消えなさい。なつかしい、けれども悲しい幻の虹よ。

  〔評釈〕「歌稿A」の「大正三年四月」百五十二首中の二十七首目で「106」歌。「小さき詩」とは、文字通りの小さい詩型〔例えば、抽出歌に即して言えば、「短歌」〕を指しているのか、それとも、自身の作品を謙遜して言ったものか。両者の可能性が考えられるのであるが、評者の現在は、やはり前者ではないかという思いが強い。同じような揺れは、「まぼろしの虹」にもある。この「虹」が天然現象の「虹」を指しているのか、それとも、天然現象ではない何物かを指しているのか(つまり、中村明分類でいう「象徴」の場合である。)という問題である。後者の思い(例えば「恋」)を捨て切れないでいるのが評者の現在。「なつかしきされどかなしき」は、展開も音数も短歌定型に即してこそ。
(岩手大学教授)

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