2005年 9月 3日 (土) 

       

■ 〈八幡平・農と輝のシーズ〉1 若き4人の木地師たち

     
  安代地区の漆器工房、漆器センターに在籍する若手木地師の4人(左手前が野中さん、同上が坂根さん、右手前が島川さん、同上が金田さん)  
 
安代地区の漆器工房、漆器センターに在籍する若手木地師の4人(左手前が野中さん、同上が坂根さん、右手前が島川さん、同上が金田さん)
 
  上質でシンプル、丈夫な日用漆器「安比塗」。旧安代町では浄法寺塗と同じ系譜にある「荒沢漆器」再興に取り組む若き木地師たちがいる。旧安代には公設研修施設の漆器センターがあり、県内外へ門戸を開いて技の伝承をしている。センター修了者の中から漆器工房で創作活動に励む者もいる。20歳代の出身の違う若者4人は「地域で古里の技の認知度を高めたい」と願う。(大崎真士記者)

 漆器工房の木地師は4人。うち20歳代は島川千世さん(28)と坂根雄心さん(24)。漆器センターには研修2年目の野中昭美さん(27)、研修を終え助手を務める金田理沙さん(26)がいる。4人は5日から盛岡市菜園のギャラリー・ラヴィで展示会「漆楽園」に出品する。

  島川さんは東京都、坂根さんは京都府、金田さんは奈良県からのIターン。野中さんは町外の高校、大学を経てUターン。島川さんは大学で工芸を専攻、制作経験もあり、金田さんも大学で漆を学んでいたが、4人とも安代で本格的な創作のスタートを切った。

  旧安代町は古くから透明度や塗ったときの色の出がよく、硬度の高い上質な漆の産地だった。藩政時代には浄法寺椀など生活に根付いた漆器「荒沢漆器」として知られていた。

  後継者不足や農業への転職、新しい素材の容器が普及し、生産が低下。行政区分が二戸地域から切り離され、浄法寺塗だけが知名度を高めていった。

  現在ほとんどが外国産漆に依存している漆器。豊富で質の高い地元産漆を使って伝統工芸に再び息を吹き込もうと、旧町は1983(昭和58)年に同センターを開所。99年に同工房を完成させ、育成、継承に取り組む。

  「しっかりとした作り方をしている。お客からすれば分からないかもしれない。ぱっと見たときにここの漆がきれいだと思った」と坂根さん。島川さんは「つやがない方が好き。素朴だが日常的に使いやすい。普段使っても飽きがこない」と魅力を話す。

  野中さんは「歴史があって、モダンな作りが輪島塗のようなぎらぎらとした華やかさはないが表面で形をだませない。無地なのでデザイン性が大事。100%の漆は安心して作り、使ってもらえる」という。金田さんは「大学ではしっかり学べなかったが、つやのない感じと無地そのものの良さ、実際に料理で使ったときの感触がとてもよい」と感じる。

  「安代町」の響きに慣れ親しんだIターン3人は町名が消えることに寂しさを覚えてもいる。野中さんは若い人たちの移動に不安もある。「外に発信する前に地域も、どこにセンターや工房があるか知らない人もいる」と現状を話す。

  坂根さんは「個人的な思いで4人ともここに集まった。個人の表現をしていきたい。外部に発信する前に地域の中で認知されること」と考える。

  4人が創作に打ち込むことで、郷土の誇りが地域に根付き、外へと広がる。




 

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